京都府立北嵯峨高等学校
京都府立北嵯峨高等学校 | |
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国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 京都府 |
学区 | 京都市・乙訓通学圏 |
校訓 | 独創質実 |
設立年月日 | 1975年2月17日 |
開校記念日 | 2月17日 |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 | 普通科 |
学科内専門コース | 人文科学コース 自然科学コース 文科科学コース スポーツ科学コース |
学期 | 3学期制 |
高校コード | 26108E |
所在地 | 〒616-8353 |
京都府京都市右京区嵯峨大沢柳井手町 | |
外部リンク | 公式サイト |
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京都府立北嵯峨高等学校(きょうとふりつ きたさがこうとうがっこう)は、京都府京都市右京区嵯峨大沢柳井手町に所在する府立の高等学校。
目次
1 設置学科
2 概要
3 沿革
4 部活動
5 著名な出身者
6 交通
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク
設置学科
普通科
- 人文科学コース
- 自然科学コース
- 文科科学コース
- スポーツ科学コース
概要
風光明媚な嵯峨嵐山・大覚寺に隣接する高校で、2004年に創立30周年を迎えた。バレーボール、ハンドボール、野球の強豪校として有名である。
校是は「独創質実」(何事も自らで考え、主体的に判断し、真摯な態度と素直なこころで行動する)。
沿革
1973年9月 - 新設計画が府議会で提出[1]
1974年3月 - 建設予定地が決定[1]
- 1974年11月 - 予定よりも遅れて用地買収を開始[1]
1975年2月17日 - 京都府立新設高等学校(右京地区)開設準備室を京都市立梅屋小学校内に設ける。- 1975年3月1日 - 京都府立北嵯峨高等学校が、京都府条例により設置される。全日制普通科設置決定。
- 1975年4月9日 - 第1回入学式を京都市立洛南中学校講堂において挙行する。(入学生269名) [1]
- 1975年4月10日 - 建設工事の遅れにより、京都府立朱雀高等学校鳥羽分校(現京都府立鳥羽高等学校)において授業開始[1][2][3]。
- 1975年8月29日 - 現在地に設置されたプレハブ校舎に移転。
- 1975年9月1日 - 本建築第一期工事開始。
1976年3月29日 - 新校舎(管理棟・理科教室・体育館)へ移転。- 1976年7月29日 - プレハブ校舎一部移転。
1977年3月28日 - 新校舎(第2棟・第4棟・図書館等)へ一部移転。
1978年3月28日 - 第3期工事(第3棟)完成。
1982年3月20日 - 格技場完成。(400.4m2)
1984年9月18日 - 創立10周年記念式典挙行。
1988年6月30日 - 体育振興施設完成(407.8m2)
1993年3月31日 - コンピュータ教室設置。
部活動
- 体育会系
- バレーボール
- バスケットボール
- 野球
- ハンドボール
- サッカー
- 剣道
- 卓球
- 陸上
著名な出身者
- 政界
田中健志(京都府議会議員)
江村理紗(京都市会議員)
- スポーツ関係
細見和史(プロ野球選手)
上山勲(プロ野球選手)
山田秋親(プロ野球選手)
大村加奈子(バレーボール選手(元Vリーグ)選手)2010年度より本校教諭
佐野優子(バレーボール選手・2012年ロンドン五輪銅メダル獲得)
関井陽子(バレーボール選手)
小西美加(女子プロ野球選手)
- 音楽、芸能関係
- えまえり(読者モデル)
しもぐち☆雅充(DJ、ミュージシャン)
黒田倫弘(ボーカリスト、ミュージシャン)
佐藤泰文(俳優、タレント、リポーター)
- 財界
一井拓也(DDJ代表)
- 教育
鈴木康雄(金沢美術工芸大学 准教授)
交通
- JR山陰本線(嵯峨野線)嵯峨嵐山駅 徒歩15分
京都駅・京阪三条駅・烏丸駅・四条駅などからバス「大覚寺」下車 徒歩5分
脚注
- ^ abcde『間借りでスタート 京都府立北嵯峨高校で入学式 校長あいさつ ”悪条件を克服しよう”』(京都新聞)1975年4月10日付朝刊17面
^ 『未整備であす入学式 新設の府立北稜高校 運動場どろんこ トイレも仮設 用地買収手間どって』(京都新聞)1980年4月7日、夕刊10面
^ 『制服でシャキッ 今春開校の府立2校が採用 北嵯峨と向陽で制服導入』(京都新聞)1975年4月19日付朝刊23面
関連項目
- 京都府高等学校一覧
外部リンク
- 京都府立北嵯峨高等学校