1999年のF1世界選手権
1999年のFIAフォーミュラ1 世界選手権 | |||
| 前年: | 1998 | 翌年: | 2000 |
| 一覧: 開催国 | 開催レース | |||
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ドライバー (チャンピオン) |
1999年のF1世界選手権は、FIAフォーミュラ1世界選手権の第50回大会である。1999年3月7日にオーストラリアで開幕し、10月31日に日本で開催される最終戦まで、全16戦で争われた。
目次
1 概要
1.1 4人のチャンピオン候補
1.2 トピック
2 開催地及び勝者
2.1 新たに追加された選手権の行事
2.2 開催されなくなった選手権の行事
2.3 名称が変更された選手権の行事
3 エントリーリスト
4 1999年のドライバーズランキング
5 1999年のコンストラクターズランキング
6 外部リンク
概要
4人のチャンピオン候補
マクラーレン・MP4-14を駆るミカ・ハッキネン(カナダGP)
フェラーリ・F399を駆るエディ・アーバイン(カナダGP)
開幕戦オーストラリアGPではフェラーリのエディ・アーバインが初優勝し、混戦のシーズンが幕を開けた。
マクラーレンの新車MP4-14は開幕から速かったが、信頼性は今ひとつで、前年度チャンピオンのミカ・ハッキネンは5戦連続ポールポジションを獲得しながらその間に2勝しかできなかった。特に信頼性の問題はハッキネンの足を引っ張り、第8戦イギリスGP以外のリタイアはすべてメカニカルトラブル絡みであり、第10戦ドイツGPと第13戦イタリアGPのリタイアした際は悔し泣きするハッキネンの姿が映像に映し出された。
フェラーリのミハエル・シューマッハも第4戦のモナコGPの勝利でポイントリーダーに一旦立つものの、第6戦カナダGPでトップ走行中にシケインで単独クラッシュするなど波に乗れず、このGPでハッキネンに逆転され、8ポイントリードされた状況でシーズン折り返しの第8戦イギリスGPを迎えた。だが、シューマッハのマシンはブレーキトラブルでクラッシュ。シューマッハ自身は右足を骨折して戦線から離れることになった。
最大のライバル、シューマッハの離脱でハッキネンは楽になったかと思われたが、ここまでポイントを重ねていたアーバインがチャンピオン争いに名乗りを上げ、フェラーリの「代役エース」となった。第9戦オーストリアGPと第10戦ドイツGPを連勝し、その時点でポイントリーダーに立った。ドイツGPでは、シューマッハの代わりに起用されたミカ・サロの好アシストもあった。
また、第3の候補として、ジョーダンのハインツ=ハラルド・フレンツェンが登場する。第7戦フランスGPでは雨中のタイヤ交換の好判断で優勝。その後もポイントを重ね、ハッキネンがリタイアした第13戦イタリアGPも勝利し、チャンピオン候補となった。さらに第4の候補として、第8戦イギリスGPで勝利したデビッド・クルサードが浮上した。こちらもポイントを重ね、フェラーリとは対照的にマクラーレンはチーム内の序列を決めなかったため、第12戦ベルギーGPでは2位にいたハッキネンに1位を譲らず、そのまま勝利。チャンピオンを射程に捕らえた。
3戦を残してハッキネンとアーバインが60点で並び、フィレンツェン50点、クルサード48点という大接戦になった。
ところが、第14戦ヨーロッパグランプリGPが大荒れのレースとなり、ハッキネンは表彰台には乗れなかったがポイントは獲得。アーバインはノーポイント、フレンツェン・クルサードはリタイア。ハッキネンがチャンピオン争いを一歩先行した。そして、第15戦マレーシアGPでは戦線復帰したシューマッハがブランクの影響を感じさせぬ走りでアーバインをアシストし、チャンピオン候補はアーバイン(70点)とハッキネン(66点)の2名に絞り込まれた。レース後、フェラーリがエアロパーツの寸法違反で失格となり、ハッキネンのチャンピオンが決まるかと思われたが、国際自動車連盟 (FIA) が処分を撤回し、最終戦日本GPを迎えた。日本GPではハッキネンが予選2位からスタートでトップに立ち、他を寄せ付けぬペースで完勝。3位に終わったアーバインを逆転して、2年連続ドライバーズチャンピオンに輝いた。
コンストラクターズ部門は戦略が明確であり、チームの結束力をみせたフェラーリが獲得。1983年以来続いた無冠状態にようやく終止符を打った。ジョーダンがチーム史上最高となるランキング3位を獲得。2位のマクラーレンはコンストラクターズ部門の獲得も十分可能であったが、チーム戦略の不在やマシンの信頼性がこちらのタイトル争いにも影響し、あと一歩のところで逃すこととなった。
トピック
- 中堅チームではスチュワートの活躍が光った。フランスGPでルーベンス・バリチェロがチーム初のポールポジションを獲得。なかなか結果に繋がらなかったが、第14戦ヨーロッパGPでジョニー・ハーバートがチームの初優勝を達成した。スチュワートは翌2000年にフォードワークスのジャガーへと移行することが決まっていた。
ティレルを買収したB・A・Rが初参戦。1997年の王者ジャック・ヴィルヌーヴを擁し、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ (BAT) の資金提供、レイナードとのジョイントなど話題に事欠かなかった。しかし、マシンのポテンシャル・信頼性ともに低く、獲得ポイント無し、コンストラクターズ順位は最下位という期待はずれに終わった。- アメリカのCARTで2年連続チャンピオンを獲得したアレッサンドロ・ザナルディがウィリアムズに加入したが、よもやのノーポイントに終わった。チームメイトのラルフ・シューマッハはチームの全得点を稼ぎ出して評価を上げた。
- 好調ジョーダンにあってデイモン・ヒルは精彩を欠き、地元イギリスGPでは引退騒動が起きた。結局、最終戦までドライブしてから、1996年のチャンピオンは現役を引退した。
- F1復帰を宣言したホンダは、元ティレルのハーベイ・ポスルスウェイトが設計したテストカーで試走を行ったが、最終的にフルコンストラクターとしての参戦計画を撤回。2000年よりB・A・Rにエンジン供給を行う契約を交わした。
開催地及び勝者
| ラウンド | レース | 開催日 | 開催地 | ポールポジション | ファステストラップ | 優勝者 | コンストラクター | レポート |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 3月7日 | メルボルン | 詳細 | |||||
| 2 | 4月11日 | インテルラゴス | 詳細 | |||||
| 3 | 5月2日 | イモラ | 詳細 | |||||
| 4 | 5月16日 | モナコ | 詳細 | |||||
| 5 | 5月30日 | バルセロナ | 詳細 | |||||
| 6 | 6月13日 | モントリオール | 詳細 | |||||
| 7 | 6月27日 | マニクール | 詳細 | |||||
| 8 | 7月11日 | シルバーストン | 詳細 | |||||
| 9 | 7月25日 | A1リンク | 詳細 | |||||
| 10 | 8月1日 | ホッケンハイムリンク | 詳細 | |||||
| 11 | 8月15日 | ハンガロリンク | 詳細 | |||||
| 12 | 8月29日 | スパ・フランコルシャン | 詳細 | |||||
| 13 | 9月12日 | モンツァ | 詳細 | |||||
| 14 | 9月26日 | ニュルブルクリンク | 詳細 | |||||
| 15 | 10月17日 | セパン・インターナショナル・サーキット | 詳細 | |||||
| 16 | 10月31日 | 鈴鹿 | 詳細 |
新たに追加された選手権の行事
- マレーシアグランプリ(第15戦・セパン)
開催されなくなった選手権の行事
アルゼンチングランプリ - 最近では1995年から4年間ブエノスアイレスで開催されていた。
名称が変更された選手権の行事
- ヨーロッパグランプリ(第14戦・ニュルブルクリンク) - 1997年、1998年は、ルクセンブルクグランプリとして開催されていた。
エントリーリスト
| エントラント | コンストラクター | シャーシ | エンジン | タイヤ | ドライバー |
|---|---|---|---|---|---|
| マクラーレン | MP4-14 | メルセデスFO110H | B | 1. 2. | |
| フェラーリ | F399 | フェラーリTipo048 | B | 3. (3.) 4. | |
| ウィリアムズ | FW21 | スーパーテックFB01 | B | 5. 6. | |
| ジョーダン | 199 | 無限MF301HD | B | 7. 8. | |
| ベネトン | B199 | プレイライフFB01 | B | 9. 10. | |
| ザウバー | C18 | ペトロナスSPE03A | B | 11. 12. | |
| アロウズ | A20 | アロウズT2-F1(ハート1030) | B | 14. 15. | |
| スチュワート | SF-3 | フォードCR-1 | B | 16. 17. | |
| プロスト | AP02 | プジョーA18 | B | 18. 19. | |
| ミナルディ | M01 | フォードZETEC-R | B | 20. (20.) 21. | |
| B・A・R | 001 | スーパーテックFB01 | B | 22. 23. (23.) |
- エンジンは全車V10
1999年のドライバーズランキング
|
太字:ポールポジション |
† リタイアしたがレース距離の90%以上を走行していたため完走扱い
1999年のコンストラクターズランキング
| 順位 | コンストラクター | 車番 | AUS | BRA | SMR | MON | ESP | CAN | FRA | GBR | AUT | GER | HUN | BEL | ITA | EUR | MAL | JPN | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 3 | 8 | 2 | 1 | 1 | 3 | Ret | 5 | Ret | 9 | 2 | 12 | 7 | 3 | Ret | 2 | 2 | 128 | |
| 4 | 1 | 5 | Ret | 2 | 4 | 3 | 6 | 2 | 1 | 1 | 3 | 4 | 6 | 7 | 1 | 3 | |||
| 2 | 1 | Ret | 1 | Ret | 3 | 1 | 1 | 2 | Ret | 3 | Ret | 1 | 2 | Ret | 5 | 3 | 1 | 124 | |
| 2 | Ret | Ret | 2 | Ret | 2 | 7 | Ret | 1 | 2 | 5 | 2 | 1 | 5 | Ret | Ret | Ret | |||
| 3 | 7 | Ret | Ret | 4 | Ret | 7 | Ret | Ret | 5 | 8 | Ret | 6 | 6 | 10 | Ret | Ret | Ret | 61 | |
| 8 | 2 | 3 | Ret | 4 | Ret | 11 | 1 | 4 | 4 | 3 | 4 | 3 | 1 | Ret | 6 | 4 | |||
| 4 | 16 | 5 | Ret | 3 | 9 | DSQ | Ret | 3 | 8 | Ret | Ret | 5 | 10 | 4 | 3 | 5 | 8 | 36 | |
| 17 | DNS | Ret | 10 | Ret | Ret | 5 | Ret | 12 | 14 | 11 | 11 | Ret | Ret | 1 | 4 | 7 | |||
| 5 | 5 | Ret | Ret | 11 | 8 | Ret | Ret | Ret | 11 | Ret | Ret | Ret | 8 | 7 | Ret | 10 | Ret | 35 | |
| 6 | 3 | 4 | Ret | Ret | 5 | 4 | 4 | 3 | Ret | 4 | 9 | 5 | 2 | 4 | Ret | 5 | |||
| 6 | 9 | 4 | Ret | 5 | 5 | 9 | 2 | Ret | 7 | 12 | Ret | Ret | 11 | Ret | Ret | 11 | 14 | 16 | |
| 10 | Ret | 7 | Ret | 6 | 10 | Ret | Ret | 10 | 5 | 7 | 7 | 14 | Ret | Ret | 8 | 10 | |||
| 7 | 18 | Ret | 6 | Ret | Ret | Ret | 9 | 8 | 13 | 10 | 6 | 10 | 13 | 11 | 9 | Ret | Ret | 9 | |
| 19 | Ret | Ret | Ret | 7 | 6 | Ret | 7 | 9 | 7 | Ret | 8 | 12 | Ret | 2 | DNS | Ret | |||
| 8 | 11 | Ret | Ret | 6 | Ret | Ret | Ret | Ret | 14 | Ret | 8 | 16 | 9 | 9 | Ret | 7 | 6 | 5 | |
| 12 | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | 6 | Ret | 6 | 6 | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | 11 | |||
| 9 | 14 | 6 | Ret | Ret | Ret | 11 | Ret | 11 | Ret | Ret | Ret | 15 | Ret | Ret | Ret | Ret | 13 | 1 | |
| 15 | 7 | 8 | Ret | Ret | 12 | Ret | DSQ | 16 | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | |||
| 10 | 20 | Ret | Ret | 8 | Ret | Ret | 10 | 10 | Ret | 13 | 10 | 14 | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | 1 | |
| 21 | Ret | 9 | 9 | Ret | Ret | 8 | Ret | 15 | 11 | 9 | 17 | 16 | Ret | 6 | 9 | Ret | |||
| 11 | 22 | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | 15 | 8 | 10 | Ret | 9 | 0 | |
| 23 | Ret | DNS | 7 | Ret | 8 | Ret | 9 | Ret | 15 | Ret | 13 | Ret | Ret | 8 | Ret | 12 | |||
| 順位 | コンストラクター | 車番 | AUS | BRA | SMR | MON | ESP | CAN | FRA | GBR | AUT | GER | HUN | BEL | ITA | EUR | MAL | JPN | ポイント |
外部リンク
- formula1.com - 1999 official driver standings
- formula1.com - 1999 official team standings
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