東菅野
| 東菅野 | |
|---|---|
| — 町丁 — | |
東菅野二丁目 | |
東菅野 東菅野の位置 | |
| 座標: 北緯35度43分57.16秒 東経139度56分17.73秒 / 北緯35.7325444度 東経139.9382583度 / 35.7325444; 139.9382583 | |
| 国 | |
| 都道府県 | |
| 市町村 | |
人口 (2017年(平成29年)9月30日現在)[1] | |
| - 計 | 10,376人 |
| 等時帯 | 日本標準時 (UTC+9) |
| 郵便番号 | 272-0823[2] |
| 市外局番 | 047[3] |
| ナンバープレート | 習志野 |
東菅野四丁目
東菅野(ひがしすがの)は、千葉県市川市にある地名。現行行政地名は東菅野一丁目から五丁目。郵便番号は272-0823[2]。
目次
1 地理
1.1 地価
2 歴史
2.1 沿革
2.2 地名の由来
3 町名の変遷
4 世帯数と人口
5 小・中学校の学区
6 施設
7 脚注
地理
市川市北部に位置する。地域内は市川・新田・真間・平田・菅野と続く松の生い茂る住宅街となっており、地域の東部に大柏川、中央部に真間川が流れる。
東は本北方・北方町、西は菅野、南は八幡、北は宮久保と接している。
地価
住宅地の地価は、2014年(平成26年)1月1日の公示地価によれば、東菅野3-17-14の地点で26万6000円/m2となっている。[4]
歴史
菅野、八幡と共に小説家永井荷風が生前居住した地の一つであり、永井荷風の作品「断腸亭日乗」「葛飾土産」や、菅野在住であった幸田文の作品「すがの」等に当地が見られる。その他、元日銀理事であり、経済評論家、永井荷風研究家の吉野俊彦が晩年まで居住していた。
沿革
1967年(昭和42年)2月1日 住居表示施行。菅野町の東部、八幡町の北部を新町域として丁目を再編し、市川市東菅野一丁目 - 五丁目となる。
地名の由来
旧菅野町の東部であることから。「菅野」の由来は、かつて、北半分が菅が密生する広い湿原、南半分は砂質で「スカ」や「スガ」と呼ばれていたことから。
町名の変遷
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(各町名ともその一部) |
|---|---|---|
| 東菅野一丁目 | 昭和42年2月1日 | 菅野町 |
| 東菅野二丁目 | ||
| 東菅野三丁目 | ||
| 東菅野四丁目 | 菅野町、八幡町 | |
| 東菅野五丁目 | 八幡町 |
世帯数と人口
2017年(平成29年)9月30日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 東菅野一丁目 | 1,187世帯 | 2,499人 |
| 東菅野二丁目 | 869世帯 | 1,942人 |
| 東菅野三丁目 | 1,249世帯 | 2,790人 |
| 東菅野四丁目 | 1,054世帯 | 2,484人 |
| 東菅野五丁目 | 268世帯 | 661人 |
| 計 | 4,627世帯 | 10,376人 |
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 東菅野一丁目 | 25~33 | 市川市立冨貴島小学校 | 市川市立第三中学校 |
| 1~24 | 市川市立八幡小学校 | ||
| 東菅野二丁目 | 1~12 | ||
| 13~23 | 市川市立百合台小学校 | ||
| 東菅野三丁目 | 1~2 | 市川市立八幡小学校 | |
| 3~32 | 市川市立冨貴島小学校 | ||
| 東菅野四丁目 | 全域 | 市川市立北方小学校 | 市川市立下貝塚中学校 |
| 東菅野五丁目 | 全域 |
施設
市川警察署菅野交番
市川学園第二幼稚園- 昭和学院幼稚園
- 昭和学院小学校
- 昭和学院中学校・高等学校
- 昭和学院短期大学
- 東菅野郵便局
- 菅野終末処理場
脚注
- ^ ab“町丁別人口(住民基本台帳)”. 市川市 (2017年10月10日). 2017年11月6日閲覧。
- ^ ab“郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月6日閲覧。
^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
^ “小・中学校の通学区域(学区)”. 市川市 (2017年9月28日). 2017年11月6日閲覧。
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