劉昌赫
| 劉昌赫 九段 | |
|---|---|
| 名前 | 劉昌赫 |
| 生年月日 | (1966-04-25) 1966年4月25日(52歳) |
| プロ入り年 | 1984 |
| 出身地 | ソウル |
| 段位 | 九段 |
| 概要 | |
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劉 昌赫(ユ・チャンヒョク、유창혁、りゅう しょうかく、1966年4月25日 - )は、韓国の囲碁棋士。ソウル出身、韓国棋院所属、九段。王位戦4連覇など国内タイトル多数、世界囲碁選手権富士通杯など世界棋戦優勝6回。1990年代には曺薫鉉、徐奉洙、李昌鎬と並び四強と呼ばれた。攻めの強い棋風で「攻撃手」のニックネームを持つ。
目次
1 経歴
2 タイトル歴
2.1 国際棋戦
2.2 国内棋戦
2.3 その他の棋歴
3 代表局
4 注
5 外部リンク
経歴
7歳の時に父から碁を教わり、小学3年生の時に少年国手戦に優勝し3連覇。1979年小学6年で全国アマチュア囲碁選手権で優勝。中学3年で日中韓学生大会の代表。1983年最年少でアマチュア国手戦優勝。1984年18歳で世界アマチュア囲碁選手権戦に準優勝。同年、韓国棋院初段となる。沖岩高校卒業。1987年に兵役。
1986年に新王戦優勝。1989年、二段で大王戦で曺薫鉉に挑戦し、3勝1敗で初タイトル。1989年、第1期棋聖戦リーグ5勝2敗で、6勝1敗の曺薫鉉に次いで2位となり、曺薫鉉との決勝七番勝負に進むが2-4で敗退。1990年第2期は李昌鎬とのプレーオフを制して挑戦者となり、四段で曺薫鉉に挑戦し、4勝1敗1ジゴで奪取、曺、徐の二強に迫る若手として李昌鎬と並んで注目される。1991年に李昌鎬を4-3で破り王位戦優勝、以後4連覇。1993年、世界囲碁選手権富士通杯に優勝して世界棋戦初優勝、囲碁文化賞最優秀棋士賞受賞。1995年七段。1996年に推薦により九段昇段。その後、応昌期杯、三星火災杯、春蘭杯、LG杯などの世界選手権で優勝する。
2010年の「21世紀の朝鮮通信使-囲碁で信を通わせあう」に参加し来日、鞆の浦福禅寺 (福山市)で山田規三生、彦根市で山城宏と対局[1]。2010年三星火災杯、2011年BCカード杯、2012年三星火災杯出場。2014年珠鋼杯世界囲碁団体選手権に韓国ワイルドカードチームで出場。
韓国囲碁リーグでは2009年に嶺南日報チームで優勝。中国甲級リーグ戦には2001、02、04年に出場。韓国囲碁棋士ランキングでは2005年9位。
韓国棋院常務理事として、上位選手にのみ賞金を与える賞金制トーナメントの実施を提案し、2009年開始のBCカード杯世界囲碁選手権でこれを実現させた。門下に崔精。
タイトル歴
国際棋戦
世界囲碁選手権富士通杯 1993、1999年
応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦 1996年
三星火災杯世界オープン戦 2000年
春蘭杯世界囲碁選手権戦 2001年
LG杯世界棋王戦 2002年
囲碁世界タイトル優勝記録 | ||
|---|---|---|
| 順位 | 優勝回数 | 棋士名 |
| 1位 | 21 | |
| 2位 | 18 | |
| 3位 | 11 | |
| 4位 | 8 | |
5位タイ | 6 | |
8位タイ | 5 | |
9位タイ | 4 | |
10位タイ | 3 | |
| *は現役棋士 | ||
国内棋戦
新王戦 1986年
大王戦 1989年
棋聖戦 1990年
王位戦 1991-94年
バッカス杯戦 1993年
KBS杯バドゥク王戦 1995年
テクロン杯プロ棋戦 1996年
SBS杯連勝囲碁最強戦 1996-97年
倍達王戦 1998-99年
マキシムコーヒー杯入神連勝最強戦 2001-02年
覇王戦 2003年- KT杯マスターズ戦 2003年
その他の棋歴
- 世界囲碁選手権富士通杯 準優勝 1994、2002年
テレビ囲碁アジア選手権戦 準優勝 1996年- 三星火災杯世界オープン戦 準優勝 1996年
- LG杯世界棋王戦 準優勝 1997、1998、2000年
東洋証券杯世界選手権戦 準優勝 1998年
IBM早碁オープン戦 ベスト8 1989年(○田中秀春、○銭宇平、○武宮正樹、×大竹英雄)
SG杯ペア碁大会 優勝 2012年(崔精とペア)- 廬陽杯三国名人ペア碁戦 準優勝(崔精とペア) 2013年
SBS杯世界囲碁最強戦 1991年 2-1(○小松英樹、○曹大元、×依田紀基)
真露杯SBS世界囲碁最強戦
- 1993年 2-1(○宮沢吾朗、○兪斌、×依田紀基)
- 1994年 0-1(×依田紀基)
- 1995年 0-1(×劉菁)
- 1996年 2-1(○陳臨新、○山城宏、×曹大元)
- ロッテ杯中韓囲碁対抗戦
- 1996年2-0、1997年1-1
農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦
- 2000年 0-1(×常昊)
- 2002年 1-1(○中野寛也、×兪斌)
- 2005年 0-1(×高尾紳路)
CSK杯囲碁アジア対抗戦
- 2002年 2-0(○淡路修三、○周俊勲)
- 2003年 1-2(○董彦、×山下敬吾、×王銘エン)
- 2004年 1-2(○王立誠、×依田紀基、×王檄)
韓国囲碁リーグ
- 2004年(汎洋建榮)2-5
- 2005年(パークランド)1-5
- 2006年(ワールド建設)10-4
- 2007年(ワールド建設)9-3
- 2008年(ワールド建設)3-7
- 2009年(嶺南日報)1-3
- 2010年(嶺南日報)2-9
- 2012年(ネットマーブル)1-5
GGオークション杯女流対シニア連勝対抗戦
- 2011年 3-0(○権孝珍、○芮廼偉、○朴鋕恩)
- 2012年 2-1(○金侖映、○金恵敏、×趙惠連)
- 2014年 1-1(○呉政娥、×金恵敏)
- 更豪ホテル杯元老勝抜戦 2012年 1-1(○江鋳久、×曺薫鉉)
中国囲棋甲級リーグ戦
- 2001年(雲南香格里拉藏秘)
- 2002年(雲南印象酒業)
- 2004年(山東鲁抗医薬)
代表局
「四強時代突入」第2期棋聖戦挑戦手合第6局 1990年12月6日 曺薫鉉棋聖(先番)-劉昌赫

白番の劉は右辺22手目(☆)から中央志向で局面を進め、白1(60手目)から17まで、中央黒を脅かしながら白模様を盛り上げて優勢となった。この後黒は左辺に突入して、コウ争いから黒は左辺を生きて、白は中央黒を切り取る分かれとなり、最後は白がヨセで差をつけて4目半勝ち。4勝1敗1ジゴで棋聖位獲得、賞金2700万ウォンを手にした。この2回目のタイトル以後多数のタイトルを獲得し、韓国碁界は曺徐二強時代から、李昌鎬を加えた四強時代へ突入した。
注
^ 『碁ワールド』2010年12月号
外部リンク
- 韓国棋院「유창혁(劉昌赫)」
- 劉昌赫公式サイト
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