債務不履行








債務不履行(さいむふりこう)とは、債務者が、正当な事由がないのに債務の本旨に従った給付をしないことをいう[1]


英米法では契約法の場合には契約違反(breach of contract)がこれに相当する。


以下、民法は、条名のみ記載する。




目次






  • 1 債務不履行の類型化


  • 2 帰責事由の内容


  • 3 債務不履行の効果


    • 3.1 強制履行


    • 3.2 契約の解除


    • 3.3 損害賠償


      • 3.3.1 損害賠償の要件


      • 3.3.2 損害賠償の範囲


      • 3.3.3 損害賠償の方法


      • 3.3.4 損害賠償請求権の消滅






  • 4 金融機関・政府の債務不履行


  • 5 参考文献


  • 6 脚注


  • 7 関連項目





債務不履行の類型化


従来の通説は、債務不履行を履行遅滞履行不能不完全履行の3種類に分類する[2]



履行遅滞

履行が可能なのにもかかわらず履行期を経過しても履行しない場合を履行遅滞という[3]

履行不能

AがBに売った建物が、契約後に滅失したときのように、債務の履行が不可能になることを、履行不能という。

不完全履行

民法は履行遅滞(412条)や履行不能(415条後段)を債務不履行の典型として扱っているが、債務不履行はこれらに尽きるわけではない。履行遅滞や履行不能のように債務者による履行行為が無いという消極的容態によってではなく、債務者により積極的に履行行為がなされたが、それが債務の本旨に従った完全な履行ではなく、不完全な履行であったために債権者に損害が生じた場合を、不完全履行(独:Schlechterfüllung)、不完全給付ないしは積極的債権(契約)侵害(独:Positive Vertragsverletzung, Positive Forderungsverletzung)と称し、履行遅滞・履行不能とは別の、第三の債務不履行形態(態様)として位置づけられている[4]。比較法史的には、かつて立法及び学説に於て債務の不履行は債務者の遅滞及び履行不能を以て尽きるものとしていた為に、ドイツの学説の問題提起を受けて立てられた概念である[5][6]

日本民法は「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる」ものとしたから(415条)、このような場合も債務不履行に含まれることは疑いがない[7]。このために、あえて条文に無い概念を導入する必要はないとの批判もある[8]

しかし、履行遅滞や不完全履行と異なり、外見上は債務の履行があるため、債権が時効によって消滅しない限りは強制履行や解除を認めるべきかは問題であり、例えば落丁のある本を数年使用収益した後、新品の本の給付を請求するような場合など、一定の場合にはこれを制限すべき場合が生じる。その根拠として、瑕疵担保や信義則の規定などが挙げられている[9]


従来、債務不履行には、この三つの態様のものがあるとされていたが、今日では、判例・学説は415条前段の債務の本旨に従った履行をしないというのには、契約の本来の給付義務に付随する説明義務・情報提供義務などの付随義務違反、更に雇用契約における使用者の労働者に対する安全配慮義務のように相手方の利益を保護すべきだという保護義務違反のような態様のものを含むと解している[10]


なお、近時の有力説は以下のように分類する。



  • 本旨不履行

  • 履行不能


このうち本旨不履行については帰責事由は要件ではない(したがって無過失の抗弁は認められない。ただし不可抗力の抗弁は認められるという)が、履行不能については危険負担との関係から帰責事由が要件となる(したがって無過失の抗弁は認められる)。


判例は従来の通説に従って一般的に帰責事由を要件としており、民法現代語化の際にこれが条文化されそうになったが、前記有力説からの反対が強く、現在においても条文上は履行不能についてのみ帰責事由が抗弁として規定されている。



帰責事由の内容


415条は後段のみ帰責事由を要件としているが、論理解釈上、前段の場合にも債務者の帰責事由が必要とされる(419条3項反対解釈・415条後段類推解釈)[11][12][13]


帰責事由の具体的な内容については条文上明らかではない。伝統的には故意もしくは過失または信義則上それらと同視すべき事由が帰責事由であると理解されている。よって債務不履行が不可抗力によって生じた場合か、債務者が無過失である場合には損害賠償責任は発生しないことになる。ただし、債務不履行の類型によってその内容は異なると考えられている。特に履行遅滞の場合、不可抗力でも無い限りはほとんど帰責事由があると解されている。


債務者本人ではなく、債務者の使用人等、履行補助者といわれる者の過失によって債務不履行が生じた場合、この過失は債務者の過失と信義則上同視される。つまり、履行補助者の過失があれば債務者が責任を負う。これは履行補助者を用いることによって経済的活動範囲を拡大し、利益を増幅させている者はそれに伴って責任の範囲も拡大されるべきであるという報償責任の考えが背景にある。


帰責事由の有無については、債務者が立証責任を負うというのが通説および判例の考えである。


過失相殺の適用に関しては、債権者に過失がある場合には考慮される(418条)。



債務不履行の効果


債務者が債務不履行に陥った場合、対する債権者がとりうる手段には以下のようなものがある。



  • 履行請求権(414条1項)
    • 現実的履行の強制(強制履行)


  • 契約によって生じた債権の場合には契約の解除(541条)


  • 損害賠償(415条)
    • 上記2つの手段と合わせて行使できる。




強制履行


まず債権者は履行請求権を有する。これは、あくまで債務を履行せよと請求する権利である。具体的には、履行遅滞に陥っている債務者に「早くもってこい」と請求する場合や、不完全履行の際に「完全な履行をせよ(足りないものを補充せよ、など)」と請求する場合(追完請求または完全履行請求という)がある。債務者がその請求に従えばそれでよいが、従わない場合もある。そうした場合に債務者の意思を無視して、あるいは心理的な強制を与えることによって債務の内容を実現する方法がある。これが「現実的履行の強制」、または強制履行といわれる制度で、民事執行法に規定されている。なおコモン・ロー体系においてはこのような制度を設けず、損害賠償を原則とする法制度もある。


強制履行の態様は強制する債務の内容に応じて様々であるが、大まかに2つのタイプに分けることができる。



  1. 債務者の意思に関係なく債務の内容を実現する直接強制

  2. 罰金を科す等して債務者の行為を促す間接強制


である。以下、強制する債務の内容に分けて説明する。



  • ある物の引渡しを内容とする債務においては、債権者が裁判を提起して勝訴し、債務名義を得て強制執行を行う。


    • 動産の場合には、裁判所の執行官が目的物を債務者から取り上げて、債権者へ引渡す(民事執行法169条)。


    • 不動産や船舶の場合には、執行官が債務者の占有を解いて、債権者に占有させる(民事執行法168条)。



  • 金銭債務においては、債務者の財産に対して差押えを行い、競売にかけ、その代金から債務の弁済を受けることになる。

  • 法律行為を目的とする債務については、裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる。(民法414条2項、民事執行法174条)

  • 上記以外の場合で、債務者自らが何らかの行為をすることが内容となっている債務で、債務の性質が強制執行を許さない場合については、直接強制はできない。(民法414条1項)なぜなら奴隷的拘束を禁じた憲法18条に反するからである。そこで債務者以外の者に行為させ、それにかかった費用を債務者に負担させる代替執行(民法414条2項、民事執行法171条)や間接強制(民事執行法172条)が用いられる。


強制履行は債務者がどのような理由で債務不履行に陥っていても可能である(つまり債務者に帰責事由が無くてもよい)。ただし強制履行ができない債務もあり(自然債務を参照)、また履行不能の場合にこの手段を採ることは不可能である。



契約の解除


債権者は相当の期間を定めてその履行をするよう催告を行い、その期間内に履行がないときは契約を解除してしまうこともでき(541条)、履行不能となったときは、催告せずに、解除をすることができる(543条)。これによって契約は初めから「なかったこと」になり、既に代金を支払っていたりすればそれを元の持ち主に戻す義務が生じる(545条)。これを原状回復義務という。


解除をするためには債務者に帰責事由が必要であるというのが学説の多数意見であった。これは条文に規定されてはいないが、解釈上認められている要件である。しかし解除は債権者が反対債務から自己を解放するために行われるものであるため、債務者の帰責事由を要求する理由が無いとの説も有力になった。当初2004年の民法改正において解除に帰責事由を要求する旨を条文に規定する予定であったが、通説が確立されていないとの反論を受けて見送られた。




損害賠償


債権者は履行請求や解除をした場合でも、それとは別に損害賠償を請求することができる。たとえ強制履行された場合でも物が遅れて納入されたために損害が発生しているという場合や、期限内に納入されたけれども物に瑕疵があった(これは不完全履行にあたる)ために損害が発生したという場合に別途損害賠償を認める必要性が出てくる。例えば届いた野菜が腐っていたために客が食中毒になった場合などが挙げられる。


損害賠償は不法行為の制度によっても可能な場合がある。ただし、債務不履行に基づく請求の方が、不法行為によるそれより時効となるまでの期間が長い点以外では不利となることも多い。




損害賠償の要件


損害賠償請求をするためには以下の3つの要件が必要とされる。



  1. 債務不履行の事実があること

  2. 債務者に帰責事由があること

  3. その債務不履行によって損害が発生したこと(損害の発生と因果関係)


「債務不履行の事実」は債務不履行の類型によって異なる。履行遅滞では債務の履行が可能で、しかも同時履行の抗弁権や留置権のように履行を拒む理由が無いにも関わらず、履行期を過ぎても履行がされていない状態が「債務不履行の事実」にあたる。履行不能では、契約成立等によって債権が発生した後に履行が不可能となった場合が「債務不履行の事実」にあたる。不完全履行では、一応履行の事実はあるものの債務の本旨に従ったものではない場合が「債務不履行の事実」にあたる。



損害賠償の範囲


損害賠償の範囲については、原則として債務不履行によって通常生ずべき損害であり、特別の事情によって生じた損害については、当事者がその事情を予見し、または予見することができたときは含めることができる。



損害賠償の方法


損害賠償の方法は、別段の意思表示がない限り、金銭による。




  • 過失相殺の適用 - 債務不履行に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、損害賠償責任及び額の決定にあたり考慮される。

  • 損害賠償額の予定 - 当事者は債務不履行について損害賠償額や違約金を予定することができる。



損害賠償請求権の消滅


債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効は原則として10年となる(167条)。



金融機関・政府の債務不履行




参考文献




  • 松波仁一郎=仁保亀松=仁井田益太郎合著・穂積陳重=富井政章=梅謙次郎校閲『帝國民法正解』5巻(日本法律学校、1896年、信山社、1997年)

  • 富井政章『民法原論第三巻債権総論上』(有斐閣書房、1924年)


  • 石坂音四郎『日本民法第三編債權第二巻』訂正第5版(有斐閣書房、1914年)

  • 石坂音四郎『民法研究第二巻』(有斐閣書房、1913年)


  • 我妻栄=有泉亨=川井健『民法2債権法』(ダットサン民法)第3版(勁草書房、2009年)

  • 我妻栄『新訂債權總論(民法講義IV)』(岩波書店、1964年)


  • 星野英一『民法論集第一巻』(有斐閣、1970年)


  • 奥田昌道『債権総論』増補版152頁(悠々社、1992年)


  • 平井宜雄『債権総論(第二版)』(1994年、弘文堂)



脚注





  1. ^ 我妻・講義IV98頁


  2. ^ 我妻ほか・ダットサン民法2,60頁、仁保ほか・帝国民法正解5巻140-141頁


  3. ^ 我妻ほか・ダットサン民法2,60頁、我妻・講義IV99頁


  4. ^ 奥田・債権総論152頁


  5. ^ 石坂・債権2巻589頁, Staub,Die positiven Vertragsverletzungen und ihre Rechtsfolgen,1902. 岡松参太郎 「所謂「積極的債権侵害」ヲ論ス」 (法学新報16巻1-4号)


  6. ^ もっとも、仁保ほか・帝国民法正解5巻141頁は、債務者が「不完全なる履行を為したる」場合につき、履行不能・履行遅滞の場合と別個の類型として扱っている。同書は1896年、スタウブの学説は1902年に発表されたものであるから、両者に直接の関係はない。


  7. ^ 仁保ほか・帝国民法正解5巻141頁、鳩山秀夫『日本民法債権総論』改版129頁(岩波書店、1925年)


  8. ^ 平井宜雄・債権総論第2版4刷45頁(1996年)、潮見佳男『債権総論I 債権関係・契約規範・履行障害』第2版142頁(信山社、2003年)


  9. ^ 我妻・講義IV154頁


  10. ^ 我妻ほか・ダットサン民法2,60頁


  11. ^ 石坂・研究二巻47頁、石坂・債権2巻487頁、富井・債権総論上218頁、大判大正10年11月22日他


  12. ^ 厳密には帰責事由の無いことが債務者の抗弁となる。大判大正10年5月27日、加藤雅信『民法大系III 債権総論』150頁(有斐閣、2005年)


  13. ^ これに対し、星野・論集1巻10頁は、原則としてフランス法に由来する民法をドイツ式に歪めた解釈の一例だと批判するが、415条前段はむしろドイツ民法草案に倣った立法であるとの指摘もある。仁保ほか・帝国民法正解5巻120・121頁。また、フランス民法の論理解釈上も同一の結論になると指摘されている。石坂・研究二巻48頁




関連項目


  • デフォルト (金融)







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