ジビエ
ジビエ(仏: gibier)とは、狩猟によって、食材として捕獲された野生の鳥獣を指し、フランス語である。英語圏ではゲーム(game)と呼ばれる。畜産との対比として使われることが多い。狩猟肉。
本来はハンターが捕獲した完全に野生のもの(仏: sauvage、ソヴァージュ)を指すが、供給が安定しない、また入手困難で高価になってしまうといった理由で、飼育してから一定期間野に放ったり、また生きたまま捕獲した後に餌付けしりした動物もドゥミ・ソヴァージュ(仏: demi sauvage、半野生)と呼ぶ場合もある[1]。
近年では狩猟から供給される鳥獣肉を使った料理に「ジビエ」と入れるケースがある[2]。ジビエを珍味と称して生食するのは感染症や肝炎、寄生虫のリスクが有り、大変危険である[3]。
目次
1 工程
2 旬
3 主なジビエ
3.1 鳥類
3.2 獣類
4 日本におけるジビエ
4.1 安全確保
5 脚注
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク
工程
ジビエのハンティングでは、銃弾の種類によっては可食部分が大きく損傷してしまったり、内臓が飛び散って味が悪くなってしまったりすることがある。ジビエ特有の獣臭は血抜きの技術に大きく左右され、血が残っているほど臭いは強くなる。逃げ回った獣は体温が上昇しており、なるべく早く肉を冷やさないと急速にうま味が損なわれると信じられている。そのため仕止めた後も血抜きや解体といった処理を行う習慣がある。解体は内臓を摘出し、一旦きれいな水で肉を冷却し、皮を剥いで脱骨や精肉をする。しかし、最近のジビエブームでは獲ってすぐに食べるのではなく、数日から1か月程かけて熟成(仏: faisandage、フザンダージュ)させてから調理することを主張する者もいる[4]。熟成肉には後述の国産ジビエ認証制度まで長らく統一規格が存在せず[5]、稚拙な方法を用いれば食中毒や有害カビ増殖など、健康被害のリスクを高めることになる。[6]。
旬
野生の鳥獣は冬に備えて体に栄養を蓄えるため、秋がジビエの旬となる。これはジビエの胃の内容物を調べることでよくわかる。冬季にはジビエの餌となる果実などが減少するため、年越し頃から一般に肉質は低下する。また、繁殖期前は脂が乗り味が良くなるが、繁殖期を過ぎると一気に味が落ちる[7]。夏バテをしやすい動物もいる。旬を見極めるには知識が必要である。日本ではジビエブームだが、古くは狩猟によって食料を得てきたヨーロッパではEVDの流行とともに政府が音頭をとって、ジビエの危険性をキャンペーンしている。
主なジビエ
鳥類
マガモ(colvert、コルヴェール)- 血の色が濃く、野趣に満ちた味を持つ。雌の方が脂肪層が厚く、風味も強いとされている。ちなみにコルヴェールとは「緑の首」という意味であり、日本語での鴨の異称である「青頸」(あおくび)と同義である。
アヒル(canard、カナール)- 鴨が家禽化されたものだが、ドゥミ・ソヴァージュによってジビエとなる。シャランデ鴨(Canard challandais)が特に有名で、雛を一週間飼育した後に2か月ほど自然の中で生育させる。屠殺する場合は針を打って仮死状態にした後、窒息死させる。
ヤマウズラ(perdreau、ペルドロー)
代表的な鳥のジビエ。1歳以下の若鳥をペルドローといい、それ以上をペルドリ(perdrix)と呼んで区別する。肉質は淡白な灰色のもの、野性味の強い赤色のものとがある。現在出回っているものはほとんどがドゥミ・ソヴァージュである。
キジ(faisan、フザン)- キジもポピュラーなジビエである。雄より雌の方が肉質が柔らかく、珍重される。なお、肉の熟成を意味する「フザンダージュ」は、キジのフランス名に由来している。
ライチョウ(grouse、グルーズ)- 日本では天然記念物であるため狩猟できないが、フランスでは比較的よくみかけるジビエ。肉は赤身で、独特の香りがある。エゾライチョウは狩猟対象ではあるが、減少傾向にある[8]。
ヤマシギ(bécasse、ベカス/ベキャス)- 肉質は柔らかく、ジビエにしては繊細。内臓が特に珍重され、付けたまま料理される。また、裏漉しした内臓をソースに加える料理も多い。非常に希少価値が高く、乱獲されたため、こちらは逆にフランスで禁猟となっている。
獣類
野ウサギ(lièvre、リエーヴル)- ジビエの中ではクセが強く、また肉質も硬くパサつきやすい。火の入れ方、スパイスやハーブの使い方など調理に気を遣う食材である。1匹を丸ごと煮込む「ロワイヤル」と呼ばれる調理法が代表的である。また、血をソース(シヴェ・ソース)のつなぎに使って野性味を強調することも多い。一方、家禽のウサギはラパン(lapin)と呼ばれ、リエーヴルよりも淡白な味わいで知られる。
シカ(chevreuil、シュヴルイユ)- クセの少ない淡白な赤身肉。ヨーロッパでは2歳くらいのものを使う。頭や首の急所を狙って一発で即死させないと暴れて肉に血が回ってしまうため、ハンターの腕が問われるところである。血抜きも即座に行わなくてはならない[9]。
イノシシ(sanglier、サングリエ)、仔イノシシ(marcassin、マルカッサン)- 日本では成獣を狩るが、フランスでは肉が硬くなるのを嫌って、まだウリ坊の幼獣を対象とする。味、料理法等は豚肉に準じる。
クマ(ours、ウルス)- 肉の大半は脂身で、口どけが良い。赤身は筋張って臭みがある。発酵温度が非常に高く、冷蔵庫では腐敗するので、冷凍に近い温度で熟成させる。シカやイノシシと違い、脱骨済みの部位で流通している[10]。
アライグマ(ratons laveurs、ラトン・ラヴール)- ドイツ・フランス・日本に野生化し、駆除対象とされた北米原産アライグマは、近年ジビエとして現地にて利用され始めている。脂の下処理後の赤身肉のみを、香味野菜と長時間煮込む調理法が一般的。
日本におけるジビエ
日本で一般的に肉食が広まったのは明治時代以降とされているが、それ以前、特に不殺生戒を持つ仏教普及前には狩猟・肉食の文化はあった。マタギを含めた猟師がシカやクマ、イノシシを獲っていたし、海から離れた山岳地ではツグミやキジなどの野鳥も食べられていた。ウサギを一羽二羽と数えるのも、鳥と偽りながら食べられていた名残である。江戸時代の江戸においては近郊の農村から仕入れたその手の肉を取り扱うももんじ屋と呼ばれる店が存在していた。そうした意味においては、日本人もジビエを食べてきたといえる。
フレンチ食材としてのジビエは、1990年代の中頃から日本に輸入されるようになった。ピジョン(鳩)、コルヴェール、ペルドロー、フザン、リエーヴル、シュヴルイエなどがフランスから入ってきている。ただし全てがフランス産という訳ではなく、ベルギー、イタリア、スペイン、ドイツ、さらにはオーストリアなどで獲れたジビエがいったんフランスに集められる。これは日本における検疫の都合によるものである。テレビ番組「料理の鉄人」で「ジビエ対決」が組まれるなど、知名度が上がるにつれて、ジビエ料理を出すレストランも増えてきている。
現在日本ではジビエを入手するには専門の業者・肉屋に依頼する方法が一般的だが、国内の猟師とつながりのある肉屋、または食肉処理施設を持つ猟師から直接買い付ける方法もある。ジビエの品質は年齢や性別など肉質が不揃いで当たり外れがあり、実際に捌いてみないと確認できない事も多い。また、費用や労力がかかる上に安定供給できない効率の悪い商材のため、相場感も独特である。ジビエの流通では信頼関係や目利き、経験が重要となる[11]。
日本国内の多くの都道府県では、イノシシやシカなどによる農作物や樹木の食害に悩まされている[12]ことから、生息密度をコントロールするために、鳥獣被害対策実施隊を組織すると共に[13]地元猟友会の協力を得て毎年一定量の「有害鳥獣駆除」を行っている。しかし捕獲された野生動物肉が食肉として利用されることは少ない。例えば2006年に長野県で駆除されたニホンジカ約9,200頭のうち、食肉となったのは820頭で僅か9%に過ぎない。大半はハンターに自家消費されたり、山中に埋設されたりしている。そうした中、平成20年2月の「鳥獣による農林水産業等に係る被害防止のための特別措置に関する法律」が施行された以降は捕獲したシカを「モミジ鍋」ばかりではなくジビエとして消費を拡大し、特産物として地域振興につなげようという動きも多い[14]。長野県大鹿村などでの取り組みが代表例として挙げられるが、近年は全国各地の自治体も取り組み始めている[15]。獣肉を単に肉屋や地域特産物販売所に並べるだけでは地域振興にはならず、「販路の確保」と「調理法の普及」が重要であると指摘されている[16]。
前述の様な背景から、駆除した鳥獣の肉を有効利用し、地域振興にも生かすためジビエ料理の普及拡大を図る日本ジビエ振興協議会(後に日本ジビエ振興協会へ改称)が2012年に発足[17]。流通加工技術の向上と情報交換のため、2015年には第一回ジビエサミットが開催された[18][19]。
また前述・後述のような衛生面の問題を防ぐことも兼ねて、農林水産省は2018年5月18日、シカとイノシシについて「国産ジビエ認証制度」の制定を発表した[20]。
安全確保
- 食肉
解体までに獣医師による病原微生物や寄生虫の検査が行われておらず、リスクの高い肉と指摘されている[21]。
寄生虫症[21][22]、E型肝炎ウイルス[23][24]や病原性大腸菌[25]などの食中毒原因病原体に汚染されているため、生で食用とした場合、感染症を発症する恐れがある。厚生労働省は「よく加熱して食べる」ように注意を促している[26]。2016年にクマ肉の焼き肉やカツに調理した料理を食べて、旋毛虫(トリヒナ)食中毒を発症した事例[27]をうけて厚生労働省は、改めて「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針」(厚労省、2014年)の遵守を求める通知を発した[28]。
ジビエ肉を食べた当人に自覚症状などが出なくても、その献血から輸血された病人が、ジビエ肉由来の病原微生物により発症した例も報告されている[29]。また、人だけでなくペットに対しても、獣生肉を与える事を止めるよう指摘している獣医師もいる[21]。
- 捕獲・解体
野生動物にはダニなどの吸血性節足動物が付着しているため、捕獲、運搬、解体作業時に直接の作業従事者以外にも従事者の家族や近隣住民も日本紅斑熱や重症熱性血小板減少症候群(SFTS) に感染するおそれがある[30]。2014年に厚労省は一連の処理に係わるカラーアトラス[31][32]とガイドライン[33]を作成し発表している[34]。
脚注
^ 神谷 2014, p. 8.
^ “じわじわ来てるョ!"ジビエ"ブーム”. NHKオンライン. 2015年4月8日閲覧。
^ “ジビエ(野生鳥獣の肉)はよく加熱して食べましょう”. 厚生労働省. 2015年4月8日閲覧。
^ 神谷 2014, p. 18,22.
^ 東京都食品安全FAQ - FAQ 東京都福祉保健局(2018年3月30日)2018年11月19日閲覧
^ 熟成肉は危険!死に至る恐れ 有害カビで発がん、神経障害も ビジネスジャーナル(2015年11月25日)2018年11月19日閲覧
^ 神谷 2014, p. 20.
^ 神谷 2014, p. 53.
^ 神谷 2014, p. 75.
^ 神谷 2014, p. 93.
^ 神谷 2014, p. 14-18.
^ 平野恭弘、臨床環境学的視点からみた日本のシカ問題 第125回日本森林学会大会 セッションID:T10-02, doi:10.11519/jfsc.125.0_786
^ 鳥獣被害対策実施隊の設置 (PDF) 農水省 鳥獣被害対策コーナー
^ 大澤啓志、清水由紀奈、獣害対策のシシ肉を地域特産にする試みをめぐる関係者意識 栃木県那珂川町「八溝ししまる」事業を事例に 農村計画学会誌 2013年 32巻 Special_Issue号 p.263-268, doi:10.2750/arp.32.263
^ 徳島県の取り組み例。“鹿の食害減らしたい、ジビエ料理5店舗認定”. 読売新聞. (2013年3月22日). http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/news/cooking/20130322-OYT8T00332.htm 2013年8月26日閲覧。
^ 松井 賢一、"ジビエ料理の普及は、獣害対策につながるのか?--「鹿肉利活用」のポイントは、「販路の確保」と「調理法の普及」 (特集 踏み込めるか野生鳥獣対策--野生鳥獣害の拡大と被害防止の新たな方向)" 農業と経済 75(2), 70-79, 2009-03, NAID 40016975513
^ 日本ジビエ振興協議会
^ 第1回日本ジビエサミット開催の内容 日本ジビエ振興協議会
^ 押田敏雄、坂田 亮一、"「第1回日本ジビエサミット」に参加して : 地方創世への道 迷惑ものが資源に変わる"、畜産の研究 69(4), 317-322, 2015-04, NAID 40020410061
^ 「国産ジビエ認証制度」の制定について農林水産省プレスリリース(2018年5月18日)2018年8月2日閲覧。
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^ カラーアトラス(別紙) (PDF) 厚生労働省
^ 野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)について 食安発1114第1号 平成26年11月14日 厚生労働省
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参考文献
- 谷昇 著 『ル・マンジュ・トゥー 素描するフランス料理』 柴田書店 2003 ISBN 978-4-388-05905-8
神谷 英生 『料理人のためのジビエガイド』 柴田書店、2014年。ISBN 9784388062003。
関連項目
- カンガルー肉
- バローロ (ワイン)
- 熊肉
- トドカレー
- 乾燥熟成肉
- ぼたん鍋
- 鹿肉
- ブッシュミート
- 人獣共通感染症
外部リンク
鳥獣被害対策コーナー 農林水産省
信州ジビエの魅力 信州ジビエ