毘沙門堂
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| 毘沙門堂 | |
|---|---|
| 所在地 | 京都府京都市山科区安朱稲荷山町18 |
| 位置 | 北緯35度0分5.8秒 東経135度49分7.9秒 / 北緯35.001611度 東経135.818861度 / 35.001611; 135.818861座標: 北緯35度0分5.8秒 東経135度49分7.9秒 / 北緯35.001611度 東経135.818861度 / 35.001611; 135.818861 |
| 山号 | 護法山 |
| 院号 | 安国院 |
| 宗旨 | 天台宗 |
| 寺格 | 天台宗京都五門跡 |
| 本尊 | 毘沙門天 |
| 創建年 | (伝)大宝3年(703年) |
| 中興 | 天海、公海 |
| 正式名 | 護法山安國院出雲寺 |
| 別称 | 護法山出雲寺、平等寺、尊重寺、護法寺 |
| 札所等 | 神仏霊場巡拝の道 |
| 文化財 | 洞院公定日記ほか(重要文化財) |
| 法人番号 | 6130005001917 |
毘沙門堂(びしゃもんどう)は、京都市山科区にある天台宗の寺院。山号は護法山。護法山安国院出雲寺とも称す。本尊は毘沙門天。天台宗京都五門跡の一であり、山科毘沙門堂、毘沙門堂門跡とも呼ばれる。
目次
1 歴史
2 境内
3 文化財
4 交通アクセス
5 ギャラリー
6 参考文献
7 外部リンク
8 関連項目
9 脚注
歴史
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入口
寺伝によれば、毘沙門堂の前身の出雲寺は文武天皇の勅願により、大宝3年(703年)行基が開いたという。その後、平安時代末期には出雲寺は荒廃していたが、鎌倉時代初期、平親範が平家ゆかりの3つの寺院を合併する形で再興。中世末期には再び荒廃していたが、近世に至り、天海とその弟子の公海によって現在地に移転・復興され、天台宗京都五門跡の一として栄えた。
前身寺院である出雲寺は、京都市上京区の相国寺の北、上御霊神社付近にあったと推定される。付近からは奈良時代前期にさかのぼる古瓦が出土しており、行基の開基であるかどうかは別としても、この付近に平安京遷都以前にさかのぼる寺院のあったことがわかる。また、一帯には現在も「出雲路」の地名が残されている。この出雲寺は平安時代末期には荒廃していたことが『今昔物語集』の記述などから伺われる。
参道
建久6年(1195年)の平親範置文(『洞院部類記』)という史料によると、同年、平親範は平等寺、尊重寺、護法寺という平家ゆかりの3つの寺院を併合し、出雲路に五間堂3棟を建てたという(「五間堂」とは間口の柱間が5つある仏堂の意)。置文によれば、平等寺は桓武天皇の皇子で桓武平氏の祖である葛原親王(786 – 853)の創建で、太秦(現京都市右京区)に所在。尊重寺は平親信(945 – 1017)の創建で、五辻(京都市上京区)に所在。護法寺は平親範の父・平範家が伏見(京都市伏見区)に創建したもので、応保元年(1161年)北石蔵(京都市左京区岩倉)に移転するが、長寛元年(1163年)に焼失し、本尊だけが大原(京都市左京区大原)に移されたものという。こうしてできた寺は出雲寺の寺籍を継いで護法山出雲寺と称し、最澄(伝教大師)自作と伝える毘沙門天像を本尊としていた。中世には出雲寺は桜の名所として知られ、藤原定家の日記『明月記』や、『沙石集』(無住道暁編)にも言及されている。
この鎌倉復興の出雲寺もやがて荒廃したが、慶長年間(17世紀初頭)に至り、天台宗の僧で徳川家康とも関係の深かった天海によって復興が開始された。江戸幕府は山科の安祥寺(9世紀創建の真言宗寺院)の寺領の一部を出雲寺に与え、天海没後はその弟子の公海が引き継ぎ、寛文5年(1665年)に完成した。後西天皇皇子の公弁法親王(1669 – 1716)は当寺で受戒し、晩年には当寺に隠棲している。以後、門跡寺院(皇族・貴族が住持を務める格式の高い寺院の称)となり、「毘沙門堂門跡」と称されるようになった。
境内
- 勅使門
- 仁王門
- 本堂 – 本尊毘沙門天像(秘仏)を安置する。
- 宸殿 – 狩野益信筆の障壁画がある。
- 霊殿
- 晩翠園
- 般若桜 – シダレザクラ[1]。
- あか水 – 名水。天台宗密教の仏事に使う。飲料科(許可制)
文化財
- 重要文化財
- 洞院公定日記
- 注大般涅槃経 巻第十四
- 篆隷文体
上記の他、大阪府・和泉市久保惣記念美術館所蔵の国宝・青磁鳳凰耳花生(せいじほうおうみみはないけ)はもと毘沙門堂にあったものである。
交通アクセス
JR・京都市営地下鉄東西線山科駅、京阪線京阪山科駅から北へ、徒歩約15-20分。
ギャラリー




玄関


参考文献
- 『日本歴史地名大系 京都市の地名』平凡社、1979
- 『角川日本地名大辞典 京都府』角川書店
竹村俊則『昭和京都名所図会 洛南』駸々堂、1986
京都市公式サイトより「遷都以前の古代寺院」、2007年8月5日閲覧
小野芳朗『水の環境史「京の名水」はなぜ失われたか』(PHP新書) PHP研究所、2001年 p.207 ISBN 9784569616186
外部リンク
- 毘沙門堂
- 毘沙門堂門跡(聞知尋会)
- 世界連邦日本仏教徒協議会(現門主である叡南覚範師が会長をつとめる)
関連項目
- 門跡
- 公海
- 西行桜
- 護法山双林院(山科聖天) – 塔頭
龍華院 – 天台宗[2]
- 紫雲山瑞光院 – 臨済宗大徳寺派[3]
浅野稲荷神社(浅野稲荷)
- 長唱山大立寺 – 日蓮宗[4]
吉祥山安祥寺門跡 – 藤原順子創設[5]
- 寶池山白蓮寺 – 時宗[6]
- 楊柳山十禅寺 – 本山修験宗(聖護院末)。人康親王創設[7]
- 弘誓山当麻寺 – 浄土宗西山禅林寺派[8]
脚注
^ “京都の穴場桜スポットの山科! 毘沙門堂の桜は無料で見られる!”. ORICON NEWS (2018年2月22日). 2018年3月21日閲覧。
^ Yaokami.jp
^ 京都市、Yaokami.jp
^ 公式、Yaokami.jp
^ Yaokami.jp
^ Yaokami.jp
^ Yaokami.jp
^ Yaokami.jp