比叡山中学校・高等学校
| 比叡山中学校・高等学校 | |
|---|---|
| 過去の名称 | 別掲 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人延暦寺学園 |
| 校訓 | 別掲 |
| 設立年月日 | 1873年(明治6年) |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 中高一貫教育 | 併設型 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース | Ⅰ類 Ⅱ類R Ⅱ類S Ⅲ類 |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 25502F |
| 所在地 | 〒520-0113 |
滋賀県大津市坂本4-3-1(高等学校) 滋賀県大津市坂本4-5-31(中学校) | |
| 外部リンク | 公式サイト |
比叡山中学校・高等学校(ひえいざんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、滋賀県大津市坂本に所在し、私立の中学校・高等学校(併設型中高一貫校)。1873年(明治6年)に創立した「天台宗総黌」を母体とし、現在は学校法人延暦寺学園が設置している。
創設当初は、天台宗教師育成を目的とした天台宗立の学校として経営されたが、1947・1948年の学制改革と世間の要請を機に、宗教的雰囲気を残しつつ、広く一般にも門戸を開放し、中学校・高等学校両課程において理想的人材教育を施すことを目標とする学校となった。
目次
1 校訓
2 設置形態
3 沿革
4 設備
4.1 高等学校
4.2 中学・高校共用
5 特色
6 アクセス
7 周辺
8 出身者
9 その他
10 脚注
11 参考文献
12 関連項目
13 外部リンク
校訓
- 一隅を照らす(いちぐうをてらす)
- 能く行い能く言う(よくおこないよくいう)
- 己を忘れて他を利す(おのれをわすれてたをりす)
伝教大師(最澄)の言葉とされる「一隅を照らす者、これ即ち国宝であり而して能く行い能く言う者も亦(また)国宝にして己を忘れて他を利する物は慈悲の極みなり」にちなむ。
設置形態
- 比叡山中学校
- 比叡山高等学校に設置されている教育課程の類型は、普通科の3類5コースである。
- I類
- I類: 文系 :私立大学文系学部を目標とする。
- II類
- II類R: 文系/理系 :3教科を重点に置き、私立大学を目標とする。
- II類S(特進)[1]: 文系/理系 :5教科に重点を置き、国公立大学を目標とする。
- II類S一貫(特進): 5教科に重点を置き、国公立大学を目標とする。比叡山中学生徒より選抜。
- III類
- III類コース(理数コース): 理系 :難関国公立大学理系学部・国公立大学医歯薬学部の現役合格を目標する。
- I類
沿革
- 校名
- 天台宗総黌(てんだいしゅうそうこう) 1873-1879年
- 天台宗第一号中学校 1879-1885年
- 天台宗西部大学校・本校付属中学校 1885-1890年
- 天台宗西部中学校 1890-1905年
- 私立天台宗尋常中学校 1905-1916年
- 天台宗比叡山中学 1919-1934年
- 比叡山中学校 1934-1947年
- 比叡山中学校(新制)1947年-
- 比叡山高等学校 1948年-
- 経営母体
- (天台宗立) 1873-1947年
財団法人延暦寺学園 1947-1951年
学校法人延暦寺学園 1951年-
事項
1873年 - 天台宗総黌として比叡山山上に設けられる。
1879年 - 中学校となり、比叡山と東京とに分設される。第一号中学校として比叡山恵日院内に設けられる。
1888年 - 比叡山山上に校舎が初めてつくられる。
1906年 - 坂本本町1798の1番地に移り、校舎が新築される。
1934年 - 3年制中学となる。宗内徒弟のみを対象として、小学校高等科卒業者または中学2年修了者のみ入学を許した。
1943年 - 5年制中学に復活。門戸(入学資格)を一般(非宗内生)にも開放される。
1947年 - 学制改革により新制中学が設けられる。
1948年 - 高等学校(旧制時代の中学校に概ね該当する)が設けられる。また、女子部を設けられる。
1951年 - 日吉東照宮の裏(山手側)に第二グラウンドを設置する。
1953年 - 比叡山幼稚園を創立。第三校舎に開設。
1958年 - 高校本校舎(鉄筋コンクリート4階建、現役)建築に着手、第一期工事終わる。このため、中学校は第二校舎(現場所)へ移る。
1959年 - 高校本校舎第二期工事が終了し、高校を全て収容。現在の山側に高校・湖側に中学の配置となる。- 1959年 - 商業科を設置する。
1967年 - 高校が男女共学(男女別学級制を廃止)となる。
1968年 - 高校本館トイレを水洗トイレに改築する。
1973年 - 学園創立100周年記念事業を行う。
- 幼稚園(視聴覚・冷暖房完備)を新築し、そこへ幼稚園を移転する。
- プールを新築する。
1993年 - 高校の本校舎に昇降口を増築、校舎内土足禁止となる。
1994年 - 高校の普通科をI類・II類とする(入学生より特進コースを廃止する)。
1996年 - 高校に冷暖房設備(室内)を設置する。
1998年 - 中学に冷暖房設備を設置する。
2000年 - 高校の普通科を、I類・II類・II類S[2]とする。商業科の募集を停止する。
2004年 - 高校にIII類を新設する。- 2004年 - JR比叡山坂本駅〜京阪坂本比叡山口駅〜比叡山高校間のスクールバスの運行を開始する。乗車券事前購入要の有料で、運行業務は江若バスが行う。
2008年 - 高校一年生時よりII類Sを設け、I類・II類R・II類S・III類とする。
設備
高等学校
- 校舎2015年に第一グランドに新校舎が設立
- 1958年新築の本校舎を中心に、直近では1995年まで増築が行われ、現在では第一グラウンドを囲むコの字型に並んでいる。
- 校舎内には、図書館・視聴覚教室・生物化学教室・調理室・情報室(パソコン室)などがある。
- 講堂兼体育館
1962年新築。本校舎の山手側にある。手狭で全校生徒が一度に入ることはできないため卒業式には1,2年は基本的に参加せず、全校集会は雨天時以外には第一グラウンドで行われる。- セミナーハウス「叡朋」・格技場
- 1992年に中学敷地にあった道場が焼失したのを期に、バレーコートに1993年新築。テニスコートの東隣にある。
- 山家寮
1971年新築の宗内生(詳細後述)の寮。高校から徒歩約3分。- 第二グラウンド
- 1951年設置され、1969年の第五期拡幅工事を経て現在に至る。日吉東照宮の裏(山手側)にあり、高校からは車道を約5分登った場所にある。第一グラウンドは手狭なため、体育祭、球技大会はこちらで行われる。通常「山上グラウンド」と呼ばれている。
- テニスコート
- 讃仏堂横に1967年設置。日吉東照宮の北東(湖側)にある。
- バレーコート
- 1968年設置。
中学・高校共用
プール[3]
- 1973年新築。25m・8コース。
特色
創設の経緯から、毎朝始業時に般若心経を全員で唱えるなど、宗教的雰囲気のある学校行事が盛り込まれているのが特徴である。
- 行事
中学校・高校共に、春に日帰りで比叡山に登る「三塔巡拝」がある。学年によって日程・行き先は異なり(古くは一年で三塔全て参拝した)、比叡山にある3つの塔(西塔・東塔・横川)を巡拝する。また、高校の二年生(かつては三年生)は、居士林研修道場[4]に一泊し、写経や法話・礼儀作法等を学ぶ「居士林研修」がある。
- その他宗教教育
- 中学・高校とも週1時間宗教の授業があり、簡易的な宗教学総論を教える。宗教担当の教師は天台宗の僧侶で教員免許を持つ者であるが、他教科の教師は他宗派の僧籍を持つ者もいる。
- 宗内生
- 高校には、天台宗立時代の流れをくみ、全国各地から、仏教の勉学・僧侶としての自覚形成を目的としたカリキュラムを受ける生徒が学年に数人ずつ在籍する。彼らを学園では「宗内生」と呼び、一般生徒のカリキュラムに加え、「第二宗教」という単位を取得する必要が有り教義(天台宗の教え)・法儀(天台宗の僧侶としての所作)などについて学んでいる。また、宗内生は山家寮と呼ばれる寮に寝泊まりし、朝のお勤め・掃除・自習等、日常面においても仏道を目指した生活を送っている。宗内生の進路先は、大正大学や叡山学院への進学の他、自坊での鍛錬など様々である。
アクセス
- 中学校
- 京阪電鉄石山坂本線「坂本駅」より、西へ徒歩約5分。
- JR湖西線「比叡山坂本駅」より、西へ徒歩約15分。
- 高等学校
- 京阪電鉄石山坂本線「坂本駅」より、西へ徒歩約10分。
- JR湖西線「比叡山坂本駅」より、西へ徒歩約20分。
周辺
延暦寺や日吉大社の門前町として古くから栄えた坂本に所在することから、周囲には多くの伝統的建造物が点在する。
日吉大社 - 高校の北隣。
坂本ケーブル ケーブル坂本駅 - 高校の西隣。- 日吉東照宮 - 高校の南隣。
平和堂坂本店- 大津市立坂本小学校
出身者
山田恵諦 - 延暦寺253世座主
目片信 - 元大津市長、元衆議院議員
中村敏一 - 大阪大学医学部教授、肝臓再生のカギを握る「肝細胞増殖因子」を発見
原田喜美枝 - 中央大学准教授
池坊専永 - 池坊第45世家元
間柴茂有 - 元日本ハムファイターズ投手
森谷昭- 元プロ野球選手
順風秀一- 元プロ野球選手
本郷宏樹- 元ヤクルトスワローズ選手
細見直樹 - 元東京ヤクルトスワローズ捕手
村西哲幸 - 元横浜ベイスターズ投手
岩見雅紀 - 東北楽天ゴールデンイーグルス
野球選手
松本徹 - 早稲田大学→NTT東日本所属の元バドミントン選手
早川賢一 - 日本大学→日本ユニシス所属のバドミントン選手
早崎修平 - 日本大学→日立情報通信エンジニアリングに所属していた元バドミントン選手
末成由美 - 吉本興業所属タレント、吉本新喜劇女優
唐渡亮 - 俳優
土平ドンペイ - 俳優
高橋智隆 - ロボットクリエーター、株式会社ロボ・ガレージ代表取締役社長、東京大学先端科学技術研究センター特任准教授
森本のぶ - 俳優
林遣都 -俳優
古尾谷雅博 -政治家大津市議会議員
坂下誠- 柔道選手
米富和郎- 柔道選手
遠藤宏美- 柔道選手
芳田真- 柔道選手
渡辺一貴 - 競輪選手
水谷好宏 - 競輪選手- 真太郎 - UVERworld
西田果倫 ‐ 女優、モデル (ECC学園高等学校へ転校)
その他
- 生徒の服装は制服。男子は中学高校とも詰襟だったが現在中学校男子はブレザー、女子は中学がセーラー襟ブラウスにセーラー襟タイプのブレザー(かつては普通のセーラー服であった)、高校が紺ネクタイのダブルブレザータイプ。学生食堂は中高ともなく弁当を持参する。
- 高校の修学旅行は、二年生時の初冬に沖縄で3泊4日。中学校は、三年生時の春に宿泊研修がある。
- 高校の硬式野球部は、1979年に滋賀県勢初の夏の甲子園大会で初白星を挙げた[5]。また、甲子園大会における、全国で2校しかない被完全試合校である。
脚注
^ 一年生時に、II類RとII類Sの在籍者の中からII類S希望者に選抜試験を実施し、二年生時にII類R・II類Sを再編成・開始する。
^ 2000〜2007年は、一年生時に、II類在籍者の中からII類S希望者に選抜試験を実施し、二年生時にII類・II類Sに再編成・開始した。
^ 山より直接引いた水を消毒して用いているので、盛夏でも水温は冷涼である。
^ 延暦寺西塔の北方約150mに所在。
^ 当時滋賀県は、夏の甲子園大会史上、白星を挙げた高校の無い唯一の県であった。
参考文献
- 延暦寺学園公式サイト - 冒頭、学科、沿革、特色、行事、宗内生、アクセス 2010年10月19日閲覧
関連項目
比叡山幼稚園 - 学校法人延暦寺学園が経営。
パッチギ! - 高校がロケ地となった。- 滋賀県中学校一覧
- 滋賀県高等学校一覧
旧制中学校 - 旧制中等教育学校の一覧 (滋賀県)
- 日本の仏教系高等学校一覧
外部リンク
延暦寺学園公式サイト
- 宗内生の一日、山家寮の案内|比叡山高等学校