ACキエーヴォ・ヴェローナ
ACキエーヴォ・ヴェローナ | |||
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原語表記 | Associazione Calcio Chievo Verona | ||
愛称 | Clivensi(キエーヴォ人) Squadra della diga(ダムのチーム) Mussi volanti(空飛ぶロバ) | ||
クラブカラー | 青と黄 | ||
創設年 | 1929年 | ||
所属リーグ | セリエA | ||
ホームタウン | ヴェローナ | ||
ホームスタジアム | スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ | ||
収容人数 | 39,211 | ||
代表者 | ルカ・カンペデッリ | ||
監督 | ドメニコ・ディ・カルロ | ||
公式サイト | 公式サイト | ||
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アッソチャツィオーネ・カルチョ・キエーヴォ・ヴェローナ(Associazione Calcio Chievo Verona)は、イタリア・ヴェローナを本拠地とするサッカークラブチーム。2018-19シーズンはセリエAに所属している。
目次
1 概略
2 チームカラー
3 タイトル
3.1 国内タイトル
3.2 国際タイトル
4 過去の成績
5 欧州の成績
6 現所属メンバー
6.1 レンタル移籍
7 歴代監督
8 歴代所属選手
8.1 GK
8.2 DF
8.3 MF
8.4 FW
9 エンブレム
10 関連項目
11 脚注
12 外部リンク
概略
キエーヴォというのはヴェローナの地区名の一つ[1]。同じくヴェローナのスタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディをホームスタジアムとしているエラス・ヴェローナFC[1]との試合はダービーマッチとして盛り上がる。一地方都市の、その一地区を本拠に置くクラブがトップカテゴリーに昇格したのは長いイタリアサッカー史においても、このクラブが初である。
チームは1929年に設立、2001-02シーズンでセリエAに初昇格した[1]。昇格初シーズンは5位でシーズンを終え、一時は首位に立つなどその躍進は"ミラクル・キエーヴォ"と呼ばれた。2005-06シーズンは当初は7位でUEFAカップの出場が決まっていたが、ユヴェントスFC、SSラツィオ、ACFフィオレンティーナが不正事件でUEFAチャンピオンズリーグ出場権を剥奪されたため繰り上がり、4位扱いでクラブ史上初めてCL出場権を得ることになった。だが2006-07シーズンは低迷。最終節でカルチョ・カターニアに0-2で敗れセリエB降格が決まった。翌2007-08シーズンはセリエBで優勝し、1年でのセリエA復帰に成功。2018-2019シーズンは過去3年に渡る不正会計が発覚し、勝ち点3を剥奪されている[2]。
キエーヴォの背番号30は自動車事故のため26歳で死亡したFWジェイソン・マイェレ(en:Jason Mayélé)に敬意を表して永久欠番になっている。
チームカラー
ワンマン・オーナーのチームによく見られる金に物を言わせる大型補強は全くと言って良いほどせず、収支に合ったクラブ経営をしている。
典型的なプロヴィンチャであるが故、ワールドクラスの選手は皆無に等しい。無名の若手か、他のクラブで「もう終わった」と烙印を押されて追い出された選手で構成されている。しかし、若手選手の育成と伸び悩んでいる選手の再生には実績があり、このクラブをきっかけにビッグクラブに移籍したり、選手としてもう一華咲かせる選手を毎年の様に輩出している。
また、そういった選手が移籍する時に発生する莫大な移籍金や、若手選手をセリエB、セリエC等の下部カテゴリーにレンタルする際に発生するレンタル料でチーム財政を成立させている。
これはチームの親会社である「パルアーニ」(it:Paluani)が、イタリアでは有名な菓子メーカーだが年間売上高が日本円にして50億円しかない故、チームの補強に無駄な金は使えず、知恵と情報を使った補強を余儀なくされているからである。
タイトル
国内タイトル
セリエB:1回- 2007-08
セリエC1:1回
- 1993-94(ジローネA)
セリエC2:1回
- 1988-89(ジローネB)
カンピオナート・インテッレジョナーレ:1回
- 1985-86(ジローネC)
プロモツィオーネ・ヴェネータ:1回
- 1974-75(ジローネA)
セコンダ・カテゴリア・ヴェネータ:4回
- 1958-60(ジローネA), 1964-65(ジローネA), 1967-68(ジローネA), 1968-69(ジローネA)
セコンダ・ディヴィジオーネ・ヴェネータ:1回
- 1950-51(ジローネA)
セコンダ・カテゴリア・ヴェロネーゼ・セツィオーネ・プロパガンダFIGC:2回
- 1934-35(ジローネ・ウーニコ), 1935-36(ジローネ・ウーニコ)
セコンダ・カテゴリア・ヴェロネーゼ・ウニオーネ・リベーラ・イタリアーナ・デル・カルチョ:2回
- 1932-33(ジローネA), 1934-35(ジローネ・ウーニコ)
- ユース
カンピオナート・プリマヴェーラ:1回- 2013-14
トルネオ・インテルナツィオナーレ・マッジョーニ=リーギ:2回
- 2003, 2001
トルネオ・チッタ・ディ・アルコ:1回
- 2003
国際タイトル
なし
過去の成績
シーズン | ディビジョン | コッパ・イタリア | 欧州カップ | 最多得点者 | ||||||||||
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リーグ | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 点 | 順位 | 選手 | 得点数 | ||||
1975-76 | セリエD | 34 | 11 | 10 | 13 | 36 | 34 | 32 | 10位 | |||||
1976-77 | セリエD | 34 | 11 | 8 | 15 | 27 | 35 | 30 | 15位 | |||||
1977-78 | セリエD | 34 | 11 | 13 | 10 | 44 | 39 | 35 | 8位 | |||||
1978-79 | セリエD | 34 | 9 | 14 | 11 | 37 | 49 | 32 | 11位 | |||||
1979-80 | セリエD | 34 | 9 | 12 | 13 | 21 | 33 | 30 | 13位 | |||||
1980-81 | セリエD | 34 | 10 | 11 | 13 | 33 | 36 | 31 | 11位 | |||||
1981-82 | カンピオナート インテッレジョナーレ | 30 | 9 | 11 | 10 | 27 | 31 | 29 | 8位 | Alberto Vanoni | 7 | |||
1982-83 | カンピオナート インテッレジョナーレ | 30 | 9 | 9 | 12 | 29 | 31 | 27 | 12位 | Fausto Nosè | 8 | |||
1983-84 | カンピオナート インテッレジョナーレ | 30 | 10 | 10 | 10 | 22 | 20 | 30 | 9位 | Paolo Galli | 7 | |||
1984-85 | カンピオナート インテッレジョナーレ | 30 | 9 | 14 | 7 | 40 | 29 | 32 | 7位 | Giovanni Sartori | 11 | |||
1985-86 | カンピオナート インテッレジョナーレ | 30 | 18 | 8 | 4 | 44 | 14 | 44 | 1位 | Giovanni Sartori | 17 | |||
1986-87 | セリエC2 | 34 | 11 | 16 | 7 | 24 | 23 | 38 | 4位 | Flavio Fiorio | 7 | |||
1987-88 | セリエC2 | 34 | 15 | 13 | 6 | 36 | 22 | 43 | 4位 | Flavio Fiorio | 13 | |||
1988-89 | セリエC2 | 34 | 18 | 12 | 4 | 41 | 15 | 48 | 1位 | Flavio Fiorio | 15 | |||
1989-90 | セリエC1 | 34 | 10 | 15 | 9 | 37 | 31 | 35 | 6位 | Flavio Fiorio | 12 | |||
1990-91 | セリエC1 | 34 | 8 | 15 | 11 | 23 | 29 | 31 | 14位 | Franco Lerda | 8 | |||
1991-92 | セリエC1 | 34 | 8 | 18 | 8 | 32 | 35 | 34 | 7位 | Riccardo Gori | 13 | |||
1992-93 | セリエC1 | 32 | 12 | 10 | 10 | 36 | 34 | 34 | 7位 | Riccardo Gori | 8 | |||
1993-94 | セリエC1 | 34 | 19 | 11 | 4 | 46 | 23 | 68 | 1位 | Riccardo Gori | 12 | |||
1994-95 | セリエB | 38 | 10 | 14 | 14 | 35 | 38 | 44 | 13位 | 2回戦敗退 | Michele Cossato | 10 | ||
1995-96 | セリエB | 38 | 9 | 20 | 9 | 37 | 30 | 47 | 14位 | 2回戦敗退 | Michele Cossato | 8 | ||
1996-97 | セリエB | 38 | 12 | 18 | 8 | 44 | 40 | 54 | 7位 | 2回戦敗退 | Raffaele Cerbone | 20 | ||
1997-98 | セリエB | 38 | 12 | 14 | 12 | 43 | 43 | 50 | 10位 | 1回戦敗退 | Raffaele Cerbone | 12 | ||
1998-99 | セリエB | 38 | 11 | 15 | 12 | 37 | 40 | 48 | 11位 | ベスト32 | Ciro De Cesare | 10 | ||
1999-00 | セリエB | 38 | 11 | 14 | 13 | 48 | 53 | 47 | 15位 | GS敗退 | Massimo Marazzina | 17 | ||
2000-01 | セリエB | 38 | 19 | 13 | 6 | 54 | 34 | 70 | 3位 | GS敗退 | Bernardo Corradi | 13 | ||
2001-02 | セリエA | 34 | 14 | 12 | 8 | 57 | 52 | 54 | 5位 | GS敗退 | Massimo Marazzina | 13 | ||
2002-03 | セリエA | 34 | 16 | 7 | 11 | 51 | 39 | 55 | 7位 | 準々決勝敗退 | UC | 1回戦敗退 | フェデリコ・コッサート | 9 |
2003-04 | セリエA | 34 | 11 | 11 | 12 | 36 | 37 | 44 | 9位 | ベスト16 | フェデリコ・コッサート | 6 | ||
2004-05 | セリエA | 38 | 11 | 10 | 17 | 32 | 49 | 43 | 15位 | 2回戦敗退 | セルジオ・ペリッシエール | 7 | ||
2005-06 | セリエA | 38 | 13 | 15 | 10 | 54 | 49 | 54 | 4位 | 3回戦敗退 | セルジオ・ペリッシエール | 13 | ||
2006-07 | セリエA | 38 | 9 | 12 | 17 | 38 | 48 | 39 | 18位 | 準々決勝敗退 | UCL | 予選3回戦敗退 | セルジオ・ペリッシエール | 9 |
UC | 1回戦敗退 | |||||||||||||
2007-08 | セリエB | 42 | 24 | 13 | 5 | 77 | 43 | 85 | 1位 | 1回戦敗退 | セルジオ・ペリッシエール | 22 | ||
2008-09 | セリエA | 38 | 8 | 14 | 16 | 35 | 49 | 38 | 16位 | 3回戦敗退 | セルジオ・ペリッシエール | 14 | ||
2009-10 | セリエA | 38 | 12 | 8 | 18 | 37 | 42 | 44 | 14位 | ベスト16 | セルジオ・ペリッシエール | 12 | ||
2010-11 | セリエA | 38 | 11 | 13 | 14 | 38 | 40 | 46 | 11位 | ベスト16 | セルジオ・ペリッシエール | 11 | ||
2011-12 | セリエA | 38 | 12 | 13 | 13 | 35 | 45 | 49 | 10位 | 準々決勝敗退 | セルジオ・ペリッシエール | 8 | ||
2012-13 | セリエA | 38 | 12 | 9 | 17 | 37 | 52 | 45 | 12位 | 4回戦敗退 | シリル・テレオー | 13 | ||
2013-14 | セリエA | 38 | 10 | 6 | 22 | 34 | 54 | 36 | 16位 | ベスト16 | アルベルト・パロスキ | 15 | ||
2014-15 | セリエA | 38 | 10 | 13 | 15 | 28 | 41 | 43 | 14位 | 3回戦敗退 | アルベルト・パロスキ | 9 | ||
2015-16 | セリエA | 38 | 13 | 11 | 14 | 43 | 45 | 50 | 9位 | 3回戦敗退 | アルベルト・パロスキ | 8 | ||
2016-17 | セリエA | 38 | 12 | 7 | 19 | 43 | 61 | 43 | 14位 | ベスト16 | ロベルト・イングレーゼ | 10 | ||
2017-18 | セリエA | 38 | 10 | 10 | 18 | 36 | 59 | 40 | 13位 | 4回戦敗退 | ロベルト・イングレーゼ | 12 | ||
2018-19 | セリエA | 38 | 位 |
欧州の成績
シーズン | 大会 | ラウンド | 対戦相手 | ホーム | アウェー | 合計 | |
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2002-03 | UEFAカップ | 1回戦 | ツルヴェナ・ズヴェズダ | 0–2 | 0–0 | 0–2 | |
2006-07 | UEFAチャンピオンズリーグ | 予選3回戦 | レフスキ・ソフィア | 2–2 | 0–2 | 2–4 | |
UEFAカップ | 1回戦 | ブラガ | 2–1 (a.e.t.) | 0–2 | 2–3 |
現所属メンバー
2019年1月29日現在
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括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。
- 永久欠番
30 ジェイソン・マイェレ
レンタル移籍
- in
|
|
- out
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歴代監督
アルベルト・マレザーニ 1993-1997
ルイジ・デルネーリ 2000-2004, 2006.10-2007.6
マリオ・ベレッタ 2004-2005
マウリツィオ・ダンジェロ 2005
ジュゼッペ・ピッロン 2005.6-2006.10
ジュゼッペ・イアキーニ 2007.6-2008.11
ドメニコ・ディ・カルロ 2008.11-2010, 2011-2012.10
ステファノ・ピオリ 2010-2011
エウジェニオ・コリーニ 2012.10-2013.6, 2013.11-2014.10
ジュゼッペ・サンニーノ 2013.7-2013.11
ロランド・マラン 2014.10-2018.4
ロレンツォ・ダンナ 2018.4-2018.10
ジャンピエロ・ヴェントゥーラ 2018.10-2018.11
ドメニコ・ディ・カルロ 2018.11-
歴代所属選手
GK
クリスティアーノ・ルパテッリ 2001-2003
ルカ・マルケジャーニ 2003-2005
ジュリオ・セザル 2005
アルベルト・フォンターナ 2005-2006
ステファノ・ソレンティーノ 2008-2013
DF
マウリツィオ・ダンジェロ 1988-2003
ロレンツォ・ダンナ 1994-2007
サルヴァトーレ・ランナ 1996-2007
マルコ・ザンキ 1996-1997
ニコラ・レグロッターリエ 1998-2000, 2001-2003
ファビオ・モーロ 2002-2009
ジョン・メンサー 2002-2005
アンドレア・バルツァッリ 2003-2004
マリオ・ジェペス 2008-2010
マルコ・アンドレオッリ 2010-2013
MF
ステファノ・フィオーレ 1996-1997
エウジェニオ・コリーニ 1999-2003
クリスティアン・マンフレディーニ 2000-2002
シモーネ・バローネ 2000-2003
ルシアーノ 2000-
シモーネ・ペッロッタ 2001-2004
ダニエル・アンデション 2002-2003
マリオ・サンターナ 2003-2004
ロベルト・バローニオ 2003-2005
フランコ・セミオーリ 2003-2007
マッテオ・ブリーギ 2004-2007
パオロ・サンマルコ 2004-2007
マウロ・エスポージト 2008-2009
マイケル・ブラッドリー2011-2012
FW
マッシモ・マラッツィーナ 1996-2000, 2001-2003
フェデリコ・コッサート 1997-2008
ベルナルド・コッラーディ 2000-2002
ダヴィデ・スッチ 2000-2005
オリバー・ビアホフ 2002-2003
セルジオ・ペッリシエル 2002-
マウリシオ・ピニージャ 2003
アマウリ 2003-2006
シモーネ・ティリボッキ 2004-2007
ビクトル・オビンナ 2005-2008
ダビド・ディ・ミケーレ 2012-2013
エンブレム
1980年代、チームはヴェローナ県の紋章にある梯子をデザインしたエンブレムを用いていた。しかし同地区を本拠とするエラスのサポーターもシンボルマークに梯子を使っていたため、変更せざるを得なくなった。梯子は元々、13世紀頃に当地を支配したスカラ家の紋章に由来していたが、変更にあたりスカラ家の廟にあるカングランデ1世・デッラ・スカラ騎馬像をモチーフに採用した[1]。
この頃、当時の会長が「いつかヴェローナでダービーマッチをやりたい」と発言した。これに対しエラスのサポーターが「キエーヴォとダービーをやるようになったらロバも羽を生やして飛んでいくよ(つまり、そんな事は絶対にありえないという事)」とからかった。この出来事の後、5部に所属していたキエーヴォは順調に昇格を果たし、2001年11月18日についにダービーは実現した[1]。
厳密にはエンブレムの動物は馬だが、この出来事以来サポーターからは「il musso volanto(空飛ぶロバ)」と呼ばれ、クラブのマスコットもロバである。ただし、クラブはエンブレムの動物が何であるか公式な見解を示していない[1]。
関連項目
- 村田達哉
- 2005年5月から2年間、コーチング留学。
脚注
- ^ abcdefエンブレムの世界 キエーボ『サッカーマガジン』2012年5月8日号、ベースボール・マガジン社、斉藤健仁、2012年、雑誌23882-5/8, 055頁。
^ フットボールチャンネル2018年09月14日『遅すぎるキエーヴォ勝ち点剥奪にクロトーネ会長が激怒「最低だ。馬鹿げている」』 [1]
外部リンク
- 公式サイト
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