三陸
三陸(さんりく)は、日本の東北地方の地域名。
目次
1 三陸(陸州)
2 三陸海岸(地域名)
3 三陸沖(海域名)
4 脚注
5 関連項目
三陸(陸州)
明治元年12月7日(1869年1月19日)、奥羽越列藩同盟諸藩に対する戊辰戦争の戦後処理が行われた際に陸奥国と出羽国は分割され、陸奥国(むつ)は陸奥国(りくおう)・陸中国(りくちゅう)・陸前国(りくぜん)・岩代国・磐城国に5分割された。このとき生まれた、令制国名に「陸」がついている陸前・陸中・陸奥の3国を「三陸」(または陸州)と総称するようになった。しかし「三陸」は、明治中期まで行政地名として使われるのみで一般にはほとんど知られておらず、明治29年(1896年)の明治三陸地震の報道によって一般に広まった[1]。
令制国の単位での「三陸」の範囲は以下の通り。
青森県全域
岩手県全域
宮城県の亘理郡・伊具郡・刈田郡・角田市・白石市を除いた地域。
秋田県鹿角郡小坂町および鹿角市。
しかしながら前記の経緯のために、「三陸」の名称は陸奥・陸中・陸前の3国全域を指すことよりも、三陸海岸地域を指すことの方がほとんどである。
三陸海岸(地域名)
青森県八戸市の鮫角岬から岩手県の太平洋側を経て宮城県の牡鹿半島までのリアス式海岸および付属諸島を指す地理的名称。令制国の三陸にまたがって連なるためこう言う。現在では前述の通り、「三陸地方」あるいは「三陸」といった場合に律令国三国(陸州)の地域よりもここで述べた三陸海岸と接する地域を指す場合が多い。
三陸海岸に面する岩手県の旧三陸町(現大船渡市の一部)、および、宮城県の南三陸町が自治体名としてこの広域地名を用いた例がある。
三陸沖(海域名)
太平洋における海域、あるいは漁場の名称として「三陸沖」が用いられる。親潮(寒流)と黒潮(暖流)がぶつかる世界三大漁場の1つである。
「三陸沖」は狭い範囲から並べると以下のようなものがある。
三陸海岸の太平洋側の海域
- 青森県八戸市・鮫角岬(概ね北緯40度32分)の正東線から宮城県・金華山(概ね北緯36度17分)の正東線までの海域。
令制国の三陸の太平洋側の海域[2][3]。
- 陸奥国北端にあたる下北半島・大間崎の正東線(概ね北緯41度30分)から、陸前国と磐城国の国境にあたる阿武隈川河口の正東線(概ね北緯38度)までの海域。
- 青森県八戸以南・岩手県・宮城県松島以北の太平洋側の海域。
- 1の三陸海岸に沿う陸路という意味合いで使用され、この場合、宮城県松島以南は「常磐沖」として扱われる(例:常磐線)。
東北地方の太平洋側の海域。勿来以北の太平洋側の海域。
- 青森県北東端にあたる下北半島・尻屋崎から東南東へ引いた線を北限とし、福島県と茨城県の県境の正東線(概ね北緯36度51分)を南限とする海域。西端は東北地方の太平洋側の海岸線、東端は350海里線とみられる。東経145度を境に西側を「三陸沖西部」、東側を「三陸沖東部」とする。三陸沖を東西の海域に分ける東経145度線は概ね海岸線から200海里にあるため、「三陸沖西部」は日本の排他的経済水域である。
- 青森県北端にあたる下北半島・大間崎の正東線(概ね北緯41度30分)から、福島県と茨城県の県境の正東線(概ね北緯36度51分)までの海域[2][4]。
国の機関では、2の令制国の範囲を「三陸沖」とする例が見られるものの、4にあたる勿来以北の沖合いを「三陸沖」とする場合が多い[2]。海上の天気予報は4-1を用いる[5][6]。ただし、地震の名称では、1にあたる三陸海岸の沖合いを「三陸沖(三陸沖地震)」としている。一方、「三陸沖」に対して、福島県浜通り及び茨城県にかけての沖合いは「常磐沖」と呼ばれることもある[7]。
脚注
^ 地名「三陸地方」の起源に関する地理学的ならびに社会学的問題 (PDF) (岩手大学教育学部)
- ^ abc日本および日本の周辺を個別的に表す地名(国土交通省・気象庁)
^ 平成20年度北西太平洋サンマ漁況予報(農林水産省・水産庁)
^ 管轄区域(農林水産省・水産庁・仙台漁業調整事務所)
^ 海上警報(国土交通省・気象庁)
^ 全国海上気象予報 海域図(ウェザーテック)
^ 宮城県庁 漁海況情報第1報(2013年4月11日発行)
関連項目
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明治三陸地震(1896年)
昭和三陸地震(1933年)
チリ地震津波(1960年)
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災・2011年)
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