野球の不文律
野球の不文律(やきゅうのふぶんりつ)では野球における不文律について記す。野球には、公認野球規則(ルールブック)に記されていなくても守らねばならない不文律 (unwritten rules, unwritten codes) が存在するとされている。メジャーリーグベースボール (MLB) や日本プロ野球 (NPB) などプロ野球の試合においては、これを破ると故意死球などの報復を受けることがある。
目次
1 概要
1.1 攻撃側
1.2 守備側
1.3 攻守共通
1.4 ペナルティー
2 事例
2.1 MLB
2.2 NPB
2.3 WBC
3 脚注
4 参考文献
5 関連項目
6 外部リンク
概要
野球における不文律は野球の長い歴史を経て形成されていった。不文律が形成されていった理由は、特に勝負に負けたり、あるいは負けつつある相手をさらに貶めることなく、敬意を表するためである。また、既に勝敗が決している試合で記録が乱造されることを避けるためである。
MLBとNPBの両方でプレー経験のある長谷川滋利は著書の中で、特に日本とアメリカでの(とりわけ大量得点差がついた試合での)不文律の扱いの差に触れ、日本では春夏の全国高校野球大会が一発勝負のトーナメント形式で開催されていることもあって、得点差が大きく開いていても確実に勝ちに行く姿勢が身についていると指摘している。
不文律であるので当然のことながら成文は存在しない。また、時代・地域により、強くタブー視されるものと、されないものがある[1]。
攻撃側
- (日本では)対戦相手1人だけの引退試合の投手には空振り三振をしなければならない[2]。
- これを破って佐々岡真司から本塁打を放った村田修一は試合終了後に謝罪した[2]。
- 大差(概ね6点以上)でリードしている攻撃側は6回以降で、 カウント3ボール-0ストライクから打ちにいってはならず[3][4][5]、また、 バント・盗塁などの戦術をとってはいけない[6]。
併殺打を防ぐなどの目的で危険なスライディング(スパイクシューズの裏を野手の体に向けるなど)をしてはいけない[4][5]。- 打者は本塁打を打っても立ち止まって打球の行方を追ったり、大げさにガッツポーズをとったり、わざとゆっくりとダイヤモンドを回ってはいけない[1][4][5]。
ノーヒットノーランや完全試合の阻止、あるいは投手タイトルがかかっている場面でバントをしてはいけない[3][4]。- 連続本塁打後の初球を打ちに行ってはならない[5][7]。
- 死球を受けてもその箇所をさすって派手に痛がってはいけない[7]。
- 相手投手がマウンドで投球練習中に、ダートサークル内に入ってはいけない[7]。
- 走者が三塁(一塁)付近でアウトになるなどして一塁や一塁側(三塁側)ダグアウトに戻る際、マウンドを横切ってはならない[8][9]。
- 打者が打席に入る際、球審や捕手の前を横切ってはいけない[7]。
- 捕手のサインを盗み見てはいけない。また二塁走者が打者にサインを教えてもいけない[3][4][5]。
- 投手の集中を妨害するために話しかけたりしてはいけない[5]。
守備側
- (日本では)外国出身の選手に王貞治のシーズン本塁打の記録を抜かせてはならない[10][11](2013年にウラディミール・バレンティンが本塁打記録を更新したためなくなった)[12]。
- (日本では)オールスターでは投手はオール直球で打者に挑まなければならない[13]。
- 投手は三振を奪ったときや、スリーアウトを取ったときに過度にガッツポーズをしてはいけない[1]。
- 投手は回の途中で交代させられてもすぐにロッカールームに引き上げず、少なくともその回が終わるまではベンチにとどまらなくてはいけない[7]。
- 投手は野手に文句を言ってはいけない[7]。
- ボールカウントが3ボール0ストライクになったときには直球を投げる。しかし、相手打者の癖や性格によってはこの限りではない[5]。
- 相手の投手が打席に立ったときは厳しい内角攻めをしてはならない。[14]。
- 味方投手がノーヒット投球を継続中のときは、その件をベンチで話題にしてはならない[5]。
攻守共通
- 選手はストライク・ボールについての自分の判断を審判に告げてはならない[4][5]。
- 審判の判定に抗議するときも審判の指示に従う[7]。
ファウルボールを追った相手選手がダグアウトに落ちる際などにも相手を手助けしてはいけない[7]。- 相手チームに友人がいても試合中は親しげにしてはいけない[5]。
- 試合の結果に関して、相手チームや観客の前で過剰に騒いではいけない[5]。
- もし乱闘になってしまった際は、野球道具を使用してはならない(バットやボールはもちろん、ヘルメットも投げ付けた場合十分な凶器となりうるため)。また相手を強く殴ったり蹴ったりしてはいけない(選手生命を断つような行為。詳しくはスポーツマンシップを参照)[15]。
- もし乱闘になってしまった際はベンチやブルペンを出て、(制止のためにも)乱闘に参加しなければいけない[4][5]。
- (日本では)日本シリーズ前後には外部は騒動を起こしてはならない[16]。
- (日本では)巨人の監督は生え抜きのスター選手から選ばなければならない[17]。
- (日本では)クライマックスシリーズのかかった最終戦には記録のかかった引退試合を設定してはならない[18]。
ペナルティー
最も一般的なペナルティーは次打席での故意死球である[3]。この場合でも頭を狙ってはいけない[5]、相手投手に死球を与えてはいけないという不文律がある[5]。ピッチャーへの報復としては、スイングと同時に故意的にバットを投げつける、ピッチャー返しを狙うなどが挙げられる。
事例
MLB
2001年、ニューヨーク・メッツの新庄剛志は大差 (11-3) でリード中の8回にボールカウント3ボール0ストライクからスイングし、翌日に足に死球を受けた[3]。
2009年9月、ミルウォーキー・ブルワーズのプリンス・フィルダーは、サンフランシスコ・ジャイアンツ戦でサヨナラ本塁打を放ち、本塁上で味方ナインをボウリングのピンのように一斉に仰向けにひっくり返らせるというパフォーマンスを行った。これが「ホームランですでに打ちのめされた相手に追い打ちをかける傲慢な行為」とみなされ、フィルダーは、約半年後となる2010年3月のオープン戦でジャイアンツのバリー・ジトから報復死球を受けた[19][20]。- 2010年4月29日、ニューヨーク・ヤンキース対オークランド・アスレチックス戦において、一塁走者であったヤンキースのアレックス・ロドリゲスは味方打者が左翼線上に放った安打性の飛球を見て三塁まで進んだが、ファウルと判定されたため一塁に戻った。この際ロドリゲスがマウンドを横切ったため、投手のダラス・ブレイデンは激高しイニング終了後ロドリゲスに厳しく文句を言い、グラブをベンチに叩きつけた[8][9]。
- 2010年9月1日、フロリダ・マーリンズ対ワシントン・ナショナルズ戦において、4回表にマーリンズのクリス・ボルスタッドがナショナルズのナイジャー・モーガンに死球を与えた。モーガンは一塁へ向かったが、14-3と大量リードされている状況だったのにも関わらず、二盗、三盗を立て続けに行った。大量得点差での盗塁をしたモーガンは、6回の打席で死球にはならなかったものの、体の後ろを通る報復投球に激昂しボルスタッドに殴りかかり、4人の退場者を出す大乱闘へと発展した[21]。
2011年7月8日、ボストン・レッドソックス対ボルチモア・オリオールズ戦において大差 (10-3) のリードにもかかわらず、オリオールズのケビン・グレッグはレッドソックスのデビッド・オルティスに対して、厳しい内角攻めを行った。最後はオルティスが強振し中飛で終わるが、内角攻めにオルティスが激怒し乱闘となった。オルティスは「大きなリードをしているのに内角攻めは間違っている。ストライクを投げて早く終わらすべきだった」と主張。グレッグは、「7点差は決定的な差ではない。また、もし試合が終わっているのであれば、オルティスは強振せずに三振すべきだった」と両者が不文律における正当性を主張した[22]。
NPB
- 2001年の巨人対ヤクルト戦にて、藤井秀悟が7点リードの9回表2死3塁で打ちに出て全力疾走したため(記録はショートゴロ)、その裏マウンドに上がる際巨人ベンチから野次を浴び、涙ぐんだ[23]。
2002年8月6日、西武対近鉄戦において、近鉄監督の梨田昌孝は0-9で負けていた4回表に、自軍のタフィ・ローズと本塁打王を争っていたアレックス・カブレラの敬遠を指示した。これを見た西武監督の伊原春樹は10点差がついた5回裏に高木浩之に犠牲バントをさせた[23]。- 2007年4月19日の横浜 - ヤクルト戦にて、横浜11点リードの7回表に一塁走者石川雄洋が二盗[24]。これに対してヤクルトの投手遠藤政隆が横浜の3番内川聖一に死球を与え、さらに続く4番村田修一に頭部死球を与えたことで乱闘に発展。危険球の遠藤に加えて、遠藤の退場判定に抗議した際に暴言を吐いたとしてヤクルトの選手兼任監督だった古田敦也も退場処分を受けた。なお、この試合は古田の通算2000試合出場達成試合であった。
- 2010年4月9日、西武の涌井秀章から初回に3点本塁打を放ったロッテの神戸拓光は、喜びのあまりガッツポーズを連発した上、自軍ベンチ前でインリン・オブ・ジョイトイの「M字開脚」のようなポーズをとった。神戸は次の打席では報復死球を受けた[1][25]。
- 2010年6月5日、阪神の藤川俊介は5点差でリードした7回に盗塁した。これに対してオリックス監督の岡田彰布は「5点差でな…。あれは大変なことをやってしまったな。こっちは負けを認めているのに」、「あしたも試合があるのにな」と発言した[26]。ただし、これは野球協約が禁じている故意の敗退行為を認めているのではないかと岡田に対する批判も出た[誰によって?]。なお、守備側が無関心だったこともあり、盗塁は記録されなかった[26]。岡田は後日「こっちが(盗塁を)警戒もしてないとこに完全な侮蔑行為。(ルールを)知らなかったではすまない。やったらあかんことよ」と発言した[27]。
- 2010年6月10日、中日の大島洋平が6点差がついた8回表にセーフティバントで出塁した際、楽天の川井貴志は次打者の森野将彦に対し厳しく内角をえぐる投球をした[28]。
- 2017年6月6日、横浜DeNAの梶谷隆幸が8点差のついた6回表に盗塁。次の打席で厳しい内角攻めを受け、警告試合が発せられた[29]。
WBC
- 2013年3月9日、2013 WBCにおいて第1ラウンドD組のメキシコとカナダが対戦した際、6点差でカナダがリードする9回表にカナダの捕手クリス・ロビンソンがバントで出塁。これに対してメキシコの投手アーノルド・レオンがカナダの次の打者であるレーン・トソニに内角攻めを行い警告試合とされたが、無視して死球を当てた。結果両チーム入り乱れての大乱闘となり、合わせて7名が退場となった[30]。
脚注
- ^ abcd「もっとプロ野球界にガッツポーズを!!「相手に失礼」は時代遅れの言い訳。」、『Sports Graphic Number』、文藝春秋、2010年6月、2010年9月27日閲覧。
- ^ ab“日めくりプロ野球 > 【10月6日】2007年(平19) 村田修一“お約束”無視?佐々岡真司引退試合でキング弾”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). オリジナルの2010年10月9日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101009002909/http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_10october/KFullNormal20101001204.html
- ^ abcdeDavis, Nate (2001年5月30日). “Pinch Hits” (英語). USAトゥデイ. 2010年9月27日閲覧。
- ^ abcdefgKurkjian, Tim (2001年5月). “The Codes of Baseball”. ESPN mag.com (ESPN). http://espn.go.com/magazine/kurkjian_20010531.html 2010年9月27日閲覧。.
- ^ abcdefghijklmn“The unwritten rules of sports -- in writing” (英語). Seattle PI. (2005年1月12日). http://www.seattlepi.com/othersports/207552_unwrittenrules12.html 2010年9月29日閲覧。
^ 落合博満「采配」(ダイヤモンド社)P70
- ^ abcdefghTurbow, Jason (2010年5月5日). “The 'Code': Ten unwritten baseball rules you might not know” (英語). 2010年9月27日閲覧。
- ^ ab“A's Braden exchanges words with A-Rod” (英語). 2010年5月11日閲覧。
- ^ ab“New York Yankees' Alex Rodriguez manages to annoy again by stomping on mound in 4-2 loss to A's” (英語). 2010年5月11日閲覧。
^ ウォーレン・クロマティ、ロバート・ホワイティング『さらばサムライ野球』127頁
^ http://www.theguardian.com/sport/2013/sep/12/mlb-roundup-playoffs-cleveland-indians
^ 【9月30日】2001年(平13)“バースの悲劇”再び…ローズ、苛立ちの2打数無安打2四球 日めくりプロ野球08年9月
^ 原監督が菅野に全球種勝負を指令 デイリースポーツ 2013年7月19日
^ 2015年4月25日の広島対阪神戦で藤浪晋太郎投手が打者の黒田博樹投手に対して胸元を突く内角球を3球連続して投げたため、黒田が激怒してあわや乱闘の騒ぎになった。
^ Hruby, Patriスポーツマンシップck (2010年9月2日). “Details unwritten rules of baseball fighting” (英語). ESPN PAGE2. 2010年9月27日閲覧。
^ 2011年12月7日放送ワイドスクランブルでの落合博満の発言
^ https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201810080000429.html
^ https://www.sankei.com/premium/news/151018/prm1510180005-n1.html
^ Gabe Lacques(2010-03-04),Barry Zito makes Prince Fielder pay, kind of, for home-run celebration,USATODAY.com(英語),2010年9月17日閲覧
^ OP戦なのにフィールダーに“報復死球” MLB暗黙の掟,ZAKZAK,2010年9月17日閲覧
^ Turbow, Jason(2010-09-03). Nationals' Nyjer Morgan enrages baseball by violating The Code. Sports Illustrated(英語). 2011年10月1日閲覧
^ 夕刊フジ2011年8月3日発行29面より
- ^ ab“9点差カブレラ敬遠に10点差バントで対抗”. nikkansports.com. 2005年5月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年6月27日閲覧。
^ これが石川のプロ初盗塁でもあった。
^ 斎藤庸裕 (2010年4月10日). “喜びのM字開脚に報復!?死球&乱闘騒ぎ”. ニッカンスポーツ. 2010年9月27日閲覧。
- ^ ab斎藤庸裕 (2010年6月5日). “岡田監督“暗黙の掟”破った藤川俊にキレた”. スポニチ. 2015年8月27日閲覧。
^ “<高校野球>健大高崎は“暗黙のルール” を破ったのか”. THE PAGE(ザ・ページ) (2014年8月19日). 2015年8月15日閲覧。
^ 中村計「日米間で異なる野球の「暗黙の掟」。日本は独自の流儀を貫くべき?」、『Sports Graphic Number』2010年6月、2010年9月27日閲覧。
^ http://npb.jp/news/detail/20171214_02.html
^ “メキシコ-カナダ戦で大乱闘/WBC”. nikkansports.com. 2014年6月17日閲覧。
参考文献
Turbow, Jason; Duca, Michael (2010). The baseball codes: beanballs, sign stealing, and bench-clearing brawls : the unwritten rules of America's pastime. Pantheon Books. ISBN 978-0375424694.
- ポール・ディクソン(監訳: 水戸重之) 『メジャーリーグの書かれざるルール』 朝日新聞出版、2010年。ISBN 978-4022507594。
関連項目
- 2006 ワールド・ベースボール・クラシック
ベン・デイビス - 完全試合を阻止するためのバントが "Unwritten Rules" を破ったとして問題となった事例- ケーフェイ
非スポーツマン行為 - アメリカンフットボール等では過度なパフォーマンスに対する禁止事項を明文化している- 不文律
MAJOR - チームメートが故意死球を主人公に求める場面があるなど、故意死球についての描写がある。
外部リンク
- thebaseballcodes.com
メジャーリーグにおけるアンリトン・ルール(野球技術探求より)
Creeping Back to .500 -- Part 1(英語)(EEEEEEgp.comより)
Spelling out the unwritten rules(英語)(ESPNより)
THE CODE Chicago Sun-Times(英語)(Find Articlesより)
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