高温超伝導
なぜ、特定の材料は50 Kより非常に高い温度で、超伝導を示すのか? |
高温超伝導(こうおんちょうでんどう、英: high-temperature superconductivity)とは、高い転移温度 (Tc) で起こる超伝導である。
目次
1 概要
2 歴史
2.1 定義
3 結晶構造
4 超伝導体の名前
5 性質
6 機構
7 実例
8 銅酸化物超伝導体
8.1 イットリウム系超伝導体
8.2 ビスマス系超伝導体
8.3 REBCO
9 鉄系超伝導体
10 応用
11 脚注
12 関連項目
13 外部リンク
概要
「高温」の意味は、時代、状況によって異なるが、一般に高温超伝導と言えば、ベドノルツとミューラー(ミュラー)が、La-Ba-Cu-O系において1986年に発見したことから始まり、その後続々と発見された転移温度が液体窒素温度(2997804200000000000♠−195.8 °C, 7001770000000000000♠77 K)を越える一連の銅酸化物高温超伝導物質と、その超伝導現象のことを指す場合が多い。高温超伝導を示す物質のことを高温超伝導体という。銅酸化物であるものは銅酸化物高温超伝導体という。
高温という語は、通常は人間が「熱い」と感じるほど温度が高いことを表すが、高温超伝導における高温とは、従来の超伝導体と比較すると高温である2997800000000000000♠−200〜−100 °C程度を指す。
なお、ミュラーとベドノルツはこの業績により、1987年のノーベル物理学賞を受賞した。
歴史
1985年、誘電体研究で著名なIBMチューリッヒ研究所のフェローとなっていたアレックス・ミューラーのもとで、ジョージ・ベドノルツはチタン酸ストロンチウムの研究を行っていた。この物質は強誘電体として良く知られている絶縁体であるが、電子ドープにより半導体から金属的となり、低い転移温度ながら超伝導を示す。ミューラーはヤーン・テラー型格子変形と超伝導との関係に興味をもっていた。ベドノルツはある日、図書室でLa-Ba-Cu-Oペロブスカイト系で液体窒素温度まで金属になるという論文を知り、早速作ってみると、試料は7001300000000000000♠30 K付近から抵抗が減少し、7001100000000000000♠10 K以下でゼロ抵抗になるように見えた。
彼らはドイツの会議でこの結果を発表したが、誰にも評価されることはなかった。そこでIBM T.J. Watson研究所に試料を送って真偽を鑑定してもらったが、比熱測定に超伝導転移による跳びが見られなかったことから超伝導ではないという結果が返ってきた。超伝導を認められなかったものの、1986年4月、ベドノルツとミューラーはとりあえずZeitschrift für Physikというドイツの学術誌に論文を投稿した[1]。
この論文が公表された1986年、少なくとも世界の数カ所で結果の追試が行われた。このうち東京大学の田中グループは、この物質の結晶構造の同定とマイスナー効果を確認し、誰もが間違いないと確信できるレベルでLa-Ba-Cu-O系で超伝導が起こっていることを証明した。田中研で超伝導の存在が判明したのが1986年11月13日であり、12月5日にボストンの材料研究学会においてこの結果が発表された。これ以後、数年間にわたり高温超伝導探索のフィーバーが続いた。1987年2月には、7001900000000000000♠90 K級で転移するY-Ba-Cu-O(Y系超伝導体)が発見された。短期間のうちにTcが7001600000000000000♠60 Kも高められたことになる。
超伝導転移温度はその後も次々と塗り替えられており、大気圧下では1993年に発見されたHg-1223の7002135000000000000♠135 Kが最も高い温度となる[2]。
2001年:青山学院大学の秋光純らのグループが7001400000000000000♠40 Kが上限と考えられるBCS理論に基づく超伝導体で、限りなく上限に近い転移温度7001390000000000000♠39 Kの二ホウ化マグネシウムを発見[3]。金属系超電導物質では最高温度となる[3]。
2005年:水銀系銅酸化物において高圧力下での7002166000000000000♠166 Kの転移温度を記録したことが報告された[4]。ただし超伝導現象の最も基本的な性質であるゼロ抵抗は全く実現されておらず、この温度を超伝導転移温度と呼んでいいかについては議論がある。
2008年:東工大の細野秀雄らにより、鉄を含んだ組成の酸化物が超伝導を示すことが分かり、新たな鉱脈として大きな注目を集めている(鉄系超伝導物質)。ただ、超伝導転移温度は最も高い場合でも56K程度であり、銅酸化物高温超伝導体に対しては今のところ低い。
2015年:硫化水素が150GPa(150万気圧)の超高圧下において7002203000000000000♠203 K(2998300000000000000♠−70 °C)というこれまでになく高い温度で超電導状態になったとの報告が、Nature誌に掲載された[5][6]。さらに、同記事によれば、硫化水素中の硫黄原子の7.5%をリンに置換した上で250GPaの圧力をかければ、7002280000000000000♠280 K(7000800000000000000♠+8 °C)で超電導状態になるという[5][7]。これは水の凝固点よりも高温である。
銅酸化物高温超伝導に関する研究論文は、1987年前後をピークとして発表数は減少傾向を示している。学術データベースの統計から判断すると、高温超伝導に関する研究は、2010年から2015年までの間に行き詰まりを迎えるとする見方もあった[8]。
2016年1月29日:東京大学とパリ南大学の共同研究チームがBCS理論とは別の銅酸化物高温超伝導体の超伝導が高温で起きる原因となる新しいメカニズムを発見したと発表[9][10][11][12]。2月1日付けのアメリカの科学雑誌「フィジカル・レビュー」に掲載された[9][10][11][13]。数値シミュレーションによりBCS理論では説明の付かない電子の振る舞いを発見し、この異常な振る舞いが高温超電導の直接の原因であることを突き止めた[9][10][11][12]。高温超伝導体の設計に新たな指針を与える成果[9][10][11][12]。
また、2000年前後には、フラーレンなどでも高温超伝導が生じるとする論文が数編提出されたが、後に全て研究者による捏造と判明して撤回された[14] 。
定義
高温超伝導体は国際電気標準会議 (IEC) の国際規定IEC60050-815(2000) と日本工業規格JISH7005(1999) により定義されており、「一般的に約7001250000000000000♠25 K以上の Tc を持つ超伝導体」とある。しかし、転移温度が7001900000000000000♠90 Kを超えるものが一般的になった今では液体窒素温度(2997804200000000000♠−195.8 °C、7001770000000000000♠77 K)以上で転移するものを高温超伝導体と呼ぶことが多い。
結晶構造
YBa2Cu3O7−δ{displaystyle {ce {YBa2Cu3O_{7-delta}}}} (Tc〜7001930000000000000♠93 K)やBi2Sr2Ca2Cu3O10{displaystyle {ce {Bi2Sr2Ca2Cu3O10}}} (Tc〜7002109000000000000♠109 K)といった銅酸化物高温超伝導体は全て、ペロブスカイト構造を基礎とした結晶構造をしている。
これら銅酸化物高温超伝導体の構造には以下のような特徴がある。
- 2次元正方格子CuO2面がシート状に広がっている。
- 多くの物質では、このシートの上下にはランタノイド等による電気伝導をブロックする層があり、CuO2面とブロック層が交互に積層する構造をとっている。ブロック層が存在しない無限層と呼ばれるものもある。
超伝導体の名前
これらの超伝導体は、構成する元素の頭文字をとって呼ばれることが多い。たとえばYBa2Cu3O7-δはYBCOと呼ばれ、Bi2Sr2Ca2Cu3O10はBSCCO(ビスコ)と呼ばれる。一方、構成元素の物質量比(モル比)で呼ぶこともある。たとえばYBa2Cu3O7-δはY123、Bi2Sr2Ca2Cu3O10はBi2223などである。
性質
高温超伝導体にはキャリアがホールであるものと、電子のものの2種類がある。前者をホールドープ型、またはp型と呼ばれ、後者は電子ドープ型、またはn型と呼ばれる。
ホールドープ型の高温超伝導体はホール濃度と温度により、右図のような状態をとる。ホール濃度がゼロのとき、反強磁性となり、ドープをすると反強磁性が消え、擬ギャップと呼ばれる状態になる。さらにドープすると超伝導になる。ドープを増やすと超伝導転移温度は上昇する。この領域をアンダードープ領域と呼ぶ。さらにドープすると転移温度は下がる。この領域をオーバードープ領域と呼ぶ。これ以上ドープすると超伝導は消え金属的になる。
機構
高温超伝導においても従来型の超伝導と同様にクーパー対が形成されていることが分かっている。従来型超伝導では、BCS理論により、フォノンを媒介とするクーパー対の形成機構が解明されているのに対し、高温超伝導におけるクーパー対の形成機構に関しては、完全な意見の一致は得られていない。高温超伝導体の発見後すぐに行われた同位体効果実験から、高温超伝導機構はフォノン機構では説明できないとされている。膨大な実験的・理論的な研究により、高温超伝導物質中のCuO22次元面内の電子系における、反強磁性的なスピンの揺らぎを媒介にしたクーパー対形成機構で、高温超伝導の機構を理解できるという立場が主流となっている。しかし酸素の同位体置換により超伝導電子密度が変化するという報告もあり、フォノンも何らかの寄与をしているものと考えられている。
実例
転移温度 (ケルビン) | 転移温度 (摂氏) | 素材 | 分類 |
---|---|---|---|
203 | -70 | H2S (高圧下) | 水素系超伝導体 |
195 | -78 | ドライアイスの昇華温度 | |
184 | -89.2 | 地表における世界最低気温 | |
145 | -128 | 四フッ化炭素(テトラフルオロメタン)の沸点 | |
133 | -140 | HgBa2Ca2Cu3Ox(HBCCO) | 銅酸化物超伝導体 |
110 | -163 | Bi2Sr2Ca2Cu3O10(BSCCO) | |
93 | -180 | YBa2Cu3O7 (YBCO) | |
90 | -183 | 液体酸素の沸点 | |
77 | -196 | 液体窒素の沸点 | |
55 | -218 | SmFeAs(O,F) | 鉄系超伝導体 |
41 | -232 | CeFeAs(O,F) | |
26 | -247 | LaFeAs(O,F) | |
20 | -253 | 液体水素の沸点 | |
18 | -255 | Nb3Sn(ニオブスズ) | 金属低温超伝導体 |
10 | -263 | NbTi(ニオブチタン) | |
9.2 | -263.8 | Nb(ニオブ) | |
4.2 | -268.8 | 液体ヘリウムの沸点 | |
4.2 | -268.8 | Hg(水銀) | 金属低温超伝導体 |
*MgB2(二ホウ化マグネシウム)が39Kで転移するが、分類の便宜上外した。
銅酸化物超伝導体
銅酸化物高温超伝導体は全て、ペロブスカイト構造を基礎とした結晶構造をしていて、2次元正方格子CuO2面がシート状に広がっていて、このシートの上下にはランタノイド等による電気伝導をブロックする層があり、CuO2面とブロック層が交互に積層する構造をとっている。またブロック層が存在しない無限層と呼ばれるものもある。
イットリウム系超伝導体
イットリウム(Y)を含む、90ケルビン(K)以上で超伝導転移を起こす化合物で、Y系高温超伝導体、Y系銅酸化物高温超伝導体とも書かれ、化学式はYBa2Cu3O7である。構成する元素の頭文字をとってYBCO(ワイビーシーオー)または、構成元素の物質量比(モル比)からY123(イットリウムいちにさん)とも呼ばれる。初めて発見された液体窒素の沸点(77 K)を超える転移温度をもつ超伝導体。
ビスマス系超伝導体
1988年に科学技術庁金属材料技術研究所(現・物質・材料研究機構)の前田弘のグループによって開発された[15][16]。90ケルビン(K)以上で超伝導転移を起こす化合物で化学式はBi2Sr2Ca2Cu3O10である。構成する元素の頭文字をとってBSCCO(ビスコ)または、構成元素の物質量比(モル比)からBi2223(ビスマスにににさん)とも呼ばれる。
REBCO
REBa2Cu3Oyは希土類を含む銅酸化物超伝導体で線材化の技術が進み、実用化にむけて開発が進みつつある[17]。セラミクスであるREBCO超伝導体はもろいので、線材として必要な屈曲性に劣るが、薄膜化する事により柔軟性を付与する事が可能になり、線材として使用することが可能になる。結晶配向性によっても臨界電流密度が大きく変わるため、試料全体に渡った結晶軸方位の 整列が必要でエピタキシャル成長を利用して線材の全体にわたって配向したREBCO膜を作製する 技術が要求される[17]。 結晶配向性の良好な緩衝層、高い超伝導特性を持つREBCOエピ膜、長尺に渡って超伝導特性が均一なREBCOエピ膜の作製が鍵となる[17]。
鉄系超伝導体
結晶構造としてはFe(鉄)イオンが正方格子を形成しており、Feの3d軌道がフェルミ面を構成する。Fe同士は金属結合になっていると考えられ[18]、ヒ素などのプニコゲン元素がFeと強い共有結合を作り、構造を安定化させている。このため、電子のドープを行なうと反強磁性スピン配列が消え、超伝導転移温度が高くなるという解釈もできる[19]。
LnFeAsO1-XFXの母物質の一つであるLaFeAsOの測定では、160K(約マイナス110℃)付近で正方晶から斜方晶への転移が起きることがわかっている。この付近の温度では比熱のピークも見られ、La(ランタン)のスピン格子緩和時間が発散してスピン配列が生じている。Feのスピン配列はFeAs平面内でa軸とb軸の長さが等しいが、160K以下では両者の長さに差が生じ、反強磁性的な整列状態になる。これらの結果より、140Kがネール温度に相当すると見られる[19]。
応用
YBa2Cu3O7-δの発見で転移温度が液体窒素温度を越えてから、高価な液体ヘリウムにかわって安価な液体窒素を使えることから実用への期待が高まった。しかし加工が難しいことや臨界電流密度を高めるのが難しいことから応用はなかなか進んでいないが、近年[いつ?]はヘリウムの供給不足と価格高騰[20][21]も重なり、高温超電導体ならではのバルクでの用途が徐々に見出されつつある。応用としては送電線、高周波通信用超伝導フィルター、SQUID、磁界検出器、超電導リニア、米海軍の艦船推進用モーター、核磁気共鳴、MRI[22][23][24][25]など。ビスマス系超伝導体超伝導電磁石を使用した磁気浮上式鉄道の走行実験が2005年11月に実施され、成功した[26][27]。
脚注
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^ JR東海,高温超電導磁石を初めて搭載したリニアモーターカーの走行試験を開始
^ JR東海,リニアモータ車両の実物や最新の超電導コイルを展示
関連項目
超伝導 - 室温超伝導
- イットリウム系超伝導体
- 強相関電子系
結晶構造 - 立方晶 - ペロブスカイト構造
- 鉄系超伝導物質
- 国際超電導産業技術研究センター
外部リンク
- 超電導関連用語(JIS)
- 高温超伝導ケーブルによる送電の実用化実験、アメリカ合衆国
- Superconductivity in everyday life: Interactive exhibition
- コーネル大学での高温超伝導研究
- 超伝導の科学と技術
高温超電導体の上で磁石が浮上するビデオ - YouTube
- 高温超伝導技術
- 国際超電導産業技術研究センター