徳光和夫















本来の表記は「德光和夫」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。







































































とくみつ かずお

徳光 和夫
プロフィール
本名
德光 和夫
愛称
徳さん
出身地
日本の旗 日本 東京都目黒区
生年月日
(1941-03-03) 1941年3月3日(77歳)
血液型
B型
最終学歴
立教大学社会学部
所属事務所
オフィス ラ・メール
職歴
元日本テレビアナウンサー(アナウンス部課長)
活動期間
1963年 -
ジャンル
情報・報道・バラエティなど
配偶者
徳光早苗
家族
服部誠一(曽祖父)
徳光寿雄(父)
徳光正行(二男)
ミッツ・マングローブ(甥)
公式サイト
公式ホームページ
出演番組・活動
現在
『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』
『路線バスで寄り道の旅』
ほか
過去
『アメリカ横断ウルトラクイズ』
『ズームイン!!朝!』
『NNNニュースプラス1』
『THE・サンデー』
『世界ウルルン滞在記』など
その他

『24時間テレビ』
日本ドッジボール協会顧問
ソニー・ミュージックアーティスツ顧問
海原会(学校法人海城学園OB会)会長

アナウンサー: テンプレート - カテゴリ

德光 和夫とくみつ かずお、1941年3月3日〈戸籍上は3月10日〉 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、司会者、ニュースキャスター。日本ドッジボール協会顧問、株式会社ソニー・ミュージックアーティスツ顧問、日本司会芸能協会顧問、海原会(学校法人海城学園OB会)会長。オフィス ラ・メール所属。マネジメントはソニー・ミュージックアーティスツと業務提携。元日本テレビアナウンサー。


本名の「德」は徳の旧字体で初期の日テレ(一部の記事を除き、以下日テレと略す)『ズームイン!!朝!』のテロップでもこの表記を使っていたが、現在は通常の「徳」を使用している。愛称は、徳さん。プロ野球・読売ジャイアンツの熱烈なファンで、「巨人親父」とも称される。公の場で感涙することが多く(特に『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』)、「かなり涙もろい」キャラクターで知られる。番組開始時の挨拶ではフルネームを言わず「徳光です(でございます)。」と言っている[1]


東京都目黒区出身。現在は神奈川県茅ヶ崎市在住。血液型B型。夫人は徳光早苗。1女2男あり。




目次






  • 1 来歴


  • 2 エピソード


    • 2.1 巨人ファンとして


    • 2.2 日本テレビアナウンサー時代


    • 2.3 ギャンブル


    • 2.4 入院生活




  • 3 親族


  • 4 出演


    • 4.1 テレビ番組


      • 4.1.1 現在


      • 4.1.2 過去




    • 4.2 テレビドラマ


    • 4.3 映画


    • 4.4 テレビアニメ


    • 4.5 劇場アニメ


    • 4.6 吹き替え


    • 4.7 ラジオ番組


    • 4.8 インターネット番組


    • 4.9 広告


    • 4.10 イベント


    • 4.11 MV




  • 5 音楽


  • 6 書籍


  • 7 脚注


  • 8 関連項目


  • 9 外部リンク





来歴


父・徳光寿雄(德光壽雄)は映画監督でもあり日テレの役員を務め、1967年には当時赤字経営に苦しんでいた東京12チャンネル(現:テレビ東京)を立て直すべく設立された「科学テレビ協力委員会」の委員となった人物[2][3]。徳光の戸籍上の生年月日が実際の生年月日と異なるのは、厳格な父が「男児が3月3日、桃の節句の生まれでは格好が悪い」と1週間後で陸軍記念日の10日生まれにしたためだという[4]。自身もフリー転身後、『にっぽんの歌』などテレビ東京の番組に出演し、次男のタレント・徳光正行も『レディス4』の司会に起用され、親子3代に渡ってテレビ東京に関与することとなった。母は松屋のデパートガールであった。弟は英国伊勢丹元社長の徳光次郎。JRA競馬騎手の福永洋一とは遠い親戚関係にある[5]。2歳下の妹がいたが、和夫が5歳の時に病気で亡くなっている[6]


戦時中は福島県田村郡三春町の法蔵寺に疎開。


元々は落語家志望であった[6]


趣味は野球観戦と駅伝観戦と音楽鑑賞と落語鑑賞。中学時代まではプロ野球は西鉄ライオンズ、特に大下弘のファンだった[7][8]が、私立海城高等学校在学中に、長嶋茂雄が東京六大学野球新記録(当時)となる本塁打を放ち[9]、嬉しさから小躍りしながら仲間と一緒にベースを回る姿を見て感化され「人生の全てを長嶋茂雄に捧げよう」と決意[10]。長嶋がいた立教大学の全学部を受験し、辛うじて社会学部に補欠合格した[9]。合格した原因は「ヤマを張って集中的に勉強した日本書紀が、試験に丸々出題されていたから」ということを話している[6]。そしてその後、大学卒業後長嶋が入団した巨人のファンとなる。大学では、最初は「長嶋さんが居た神宮球場で過ごしたい」からという理由で応援団に入るが、ほとんどグラウンドに背を向けての活動だったため、試合を見られないことに不満を感じていたところ、放送研究会の部員がスタンドの最前列でテープレコーダーを持って取材などをしているのを見て、楽しそうと思い、放送研究会に転じる[6][11]。大学の同期に青尾幸、加賀美幸子、村田幸子、土居まさる[12]、後輩に関口宏、古舘伊知郎、久保田光彦、放送研究会の後輩にみのもんたがいる。大学4年の時、就職に悩んでいた時期に土居に相談をし、「お前、アナウンサーになればいいじゃないか」とアドバイスを受けアナウンサーになることを決意する。


1963年に日テレ入社。同社での同期入社に青尾幸、小林完吾が、他社での同期入社に露木茂、土居まさるらがいる[13]。著書「企業内自由人のすすめ」によれば、日テレを受験した際、最終選考に残った2人が学生運動に関与していたことが判明[14]し、選考を辞退した影響で彼が採用されたという。熱狂的な巨人ファンであったためプロ野球中継の担当にはなれず、プロレス中継[15]を中心に受け持った。ドラマ『青春とはなんだ』にラグビー中継のアナウンサー役で出演したり、アニメ『ルパン三世』第73話「花も嵐も泥棒レース」にて、自動車レースを中継するアナウンサー役(本人の役)で声優として出演したこともあった。


1969年10月からの『NTV紅白歌のベストテン』の総合司会で人気を得る。


1974年10月からの『新・底ぬけ脱線ゲーム』の司会を務め、1979年3月からの『ズームイン!!朝!』では総合司会を9年間担当、1988年4月からの『NNNニュースプラス1』のメインキャスターを務めた後、1989年に日テレを退社し、フリーとなる[11]


1990年以降は『クイズダービー』、『徳光のTVコロンブス→徳光和夫の情報スピリッツ』、『THE・サンデー→TheサンデーNEXT』、『夜も一生けんめい。→夜もヒッパレ一生けんめい』、『ウェディングベル』、『世界ウルルン滞在記→世界ウルルン滞在記2008』、『速報!歌の大辞テン』、『幸せって何だっけ 〜カズカズの宝話〜』、『徳光和夫の感動再会"逢いたい"』など多くの番組で司会を担当し、さらに結婚式・葬式の司会でも活躍する。他に2005年・2007年の国政選挙施行日のテレビ東京の選挙特別番組の総合司会を務めた。


『24時間テレビ』に毎年顔的存在として出演している。1978年の第1回から皆勤している唯一の人物である。ただし、1990年から1994年にかけては同時間帯に他局で生放送のレギュラー番組があり(『徳光のTVコロンブス』)、その時間帯は抜けていた。


2008年秋改編で、『THE・サンデー』、『オジサンズ11』、『世界ウルルン滞在記2008』が打ち切りされ2009年春改編では、『徳光和夫の感動再会"逢いたい"』も終了に至り、同時に地上波での司会のレギュラー番組が『TheサンデーNEXT』のみとなった。ただ、同時期に放送開始した『おもいッきりDON!』にコメンテーターとして起用された(それから1年後の2010年春改編で番組が『DON!』にリニューアルされた後も継続出演)。また、同年の『24時間テレビ32』の放送日が第45回衆議院議員総選挙と重複し、『24時間テレビ』の出演を優先したため、テレビ東京の選挙特番から降板した。


2010年夏、ラジオの生放送レギュラーとしては初めて受けもつ『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』(ニッポン放送。アシスタントは石川みゆき)がスタート。当初は約6時間という長丁場を担当。もともとニッポン放送を好きでよく聴いていたという徳光の初のレギュラーでもある。放送時間は縮小され、現在は2時間40分であるが、土曜朝の声として現在も出演中である。


2011年、古希を迎えた。同年春改編で、自身の地上波レギュラーとなっていた『TheサンデーNEXT』、『DON!』が終了。同時に地上波テレビでのレギュラー番組が消滅した。以後のレギュラー番組はBS番組やラジオ番組のみとなっている。同年の『24時間テレビ34』では総合司会を退き、チャリティーマラソンのランナーを務めた。史上最高齢ランナー(70歳・従来の最高齢は萩本欽一の66歳)となる。『24時間テレビ』の総合司会は羽鳥慎一が引き継いだ。2012年以降も出演しているが、総合司会ではなくスペシャルサポーターとして参加している。なお、チャリティーマラソンのスタート時に長嶋がサプライズゲスト兼スターターとして登場すると号泣したが、見事翌日の20:44(JST)にゴールした。


古希を越えてからも先述の通り、BS番組やラジオ番組のレギュラー番組やゲスト出演番組、特別番組や『AKB48選抜総選挙』開票イベントの司会、CM出演等精力的な活動を見せている。


2016年11月24日には日本レコードマネジメントの40周年記念式典の司会を務めた。代表者が徳光と麻雀をやる仲とのことである。



エピソード



  • 愛車は日産・シーマ(F50型)だが、本人は運転免許を持っていない。自動車教習所には通っていたが、指導員と口論をして運転免許取得を諦めた。

  • 大の箱根駅伝好きで、毎年沿道で応援をしている。大会前に独自に入手した選手のデータを手に実況を行うほどの熱の入れようで、今では復路8区の茅ヶ崎の名物になっている。この模様は自身が司会を務める『ザ・サンデー』の新年1回目の放送で毎年必ず放送されていた。なお、本人は「あくまでプライベートで応援しているものであり、撮影クルーは勝手に収録している」と語っている[16]

  • 親友の島田紳助が「スペシャルコメンテーター」を務めた日テレ『人生が変わる1分間の深イイ話』に出演した際、「自身の葬式の司会(生前の自身の声を録音したものを流す)を生涯最後の司会者としての仕事にしたい」との思いがあることを明かした。さらに、弔辞は紳助にやって貰うことで決めているという。

  • 紳助とは彼が紳助・竜介として『ズームイン!!朝!』にゲスト出演した際に初共演を果たしたが、番組内で紳助・竜助の漫才を観た徳光はそれに面白さを感じず、紳助に良い印象を持たなかった。しかし、後に紳助司会の日テレ『嗚呼!バラ色の珍生!!』にパネラーとして出演したのをきっかけに、紳助と親交を深めるようになった[17]。紳助の引退後、「政治だろうとスポーツだろうと…全てを笑いの糸で結びつけてしまう才人。話術は絶対かなわない、というふうに思った。引退っていうのは本当に残念でならない」と惜しんだ[18]

  • 「自身が結婚式で司会を務めた著名人カップルは、何故か7割が後に離婚するジンクスがある」と噂された[19]。しかし2010年12月27日放送のテレビ朝日『中居正広の怪しい本の集まる図書館』でのインタビューにて、司会を務めた夫婦のうち実際に離婚したその離婚率のパーセンテージは番組中で「23%」(日本における平均は30%)と計算された[20]


  • 年金記録問題において、社会保険庁に支払い確認を行ったところ、「死亡扱い」を受けていたことが判明。「何故僕が殺されなければならなかったんだ?」と、職員に抗議したという。2007年6月14日発行のスポーツ新聞では、「徳光和夫 社会保険庁に殺される!」とのトップ記事が並んだ。

  • 元フジテレビアナウンサーの露木茂とは、アナウンサー同期且つ大学時代からの友人(自身も同じタイミングでフジテレビの入社試験を受けたが不合格だった)。また、元TBSアナウンサーの鈴木史朗とは、局アナ時代からの友人であり、『オジサンズ11』で共演した。


  • 羽鳥慎一は日本テレビアナウンサー時代晩年期、フリー転身を考え悩んでいた際、彼に相談を持ちかけた(宮根誠司にも相談をしている)。そして羽鳥に対し、「(フリーに転身するならば)今までと同じ自然体でやったらいい」とアドバイスしたという。

  • 担当している番組が終了の際、「番組をお休みします」と言う(決して「終わり」「終了」とは言わない)。

  • 紳助が『徳光和夫の感動再会"逢いたい"』での感涙シーン直後に、他番組[21]において、負けたギャンブルの一報に接し豹変したエピソードを語り、「涙は仕事です」と発言したことがある[22]

  • 若手時代からプロレス中継を担当していた時期が長く、プロレス関係者との交友も深い。特にジャイアント馬場との友誼関係は深かった。上田馬之助とは上田の若手時代から親しかったこともあって、上田のことを「馬さん」とその生前には呼んでいた。また日本プロレス時代から実況経験があることからアントニオ猪木とも接点があり、猪木のことを若手時代の愛称である「寛ちゃん」と呼ぶ[23]。スポーツ中継で、「全国一千万人の○○ファンの皆様、こんばんは」の名文句があるが、これを言ったのは自身による「全国一千万人のプロレスファンの皆様こんばんは」が元祖だった。言ったことについては、「ファンはこれぐらい言っておかないと失礼にあたる」といった趣旨から。

  • 好きな食べ物はメロンパン、おはぎ。


  • 美空ひばり、矢沢永吉[24]のファンである。アナウンサーになった理由は、巨人戦の実況がしたい他に、ひばりの曲紹介がしたかったからと言う程である[25]


  • スタジオジブリの作品では、『魔女の宅急便』が一番のお気に入り。

  • 他に、映画は『男はつらいよ』シリーズも好む[26]


  • 痔にかなり悩まされていた。息子の正行も「痔が自分たち息子にも遺伝した」と述べている[27]

  • 現在(2017年時点)、自身の母校である海城中・高等学校の同窓会組織である「海原会」の同窓会長を務めている。

  • 『徳光のTVコロンブス』では、CMに入る前に「ここで、トイレタイムです」との決め台詞を用いた。これ以来、CMを風刺する語として「トイレタイム」が使われる。

  • 日テレのニュースを降ろされた理由は「国家予算は、5兆円」と言うはずが、「国家予算は、5円」と言ってしまい、「常識が無さすぎる」というものである。

  • 過去にニュースキャスターを担当した際、報道局のスタッフの態度に不満を持っていたという[28]

  • 日本テレビアナウンサーだった1987年3月31日から翌4月1日にかけて国鉄分割民営化に伴う、いわゆる「国鉄最後の日」の中継報道を担当し、中継地に居合わせた国鉄職員たちと共に『蛍の光』を斉唱した。



巨人ファンとして


熱狂的な長嶋茂雄ファン且つ巨人ファンであり、芸能人野球ファンのはしりである。この「巨人ファン徳光」のキャラクターは、『ズームイン!!朝!』の人気コーナー「プロ野球イレコミ情報」で定着したものであるが、これにより自身の巨人にかかわる言動が取り上げられる機会も少なくない。一方で巨人に関する発言で過激な言葉が出ることもあり、他球団ファンはもとより、巨人ファンからも反感を買ってしまうことがしばしばある。




  • 王貞治の現役時代最後の本塁打となった868号のバットを所有しており、テレビ東京『開運!なんでも鑑定団』に出品したことがある。


  • 1980年に、長嶋が巨人監督を解任された翌日(10月22日)『ズームイン!!朝!』で球団や川上哲治への抗議を行い日本テレビの親会社である読売新聞社が発行する讀賣新聞や報知新聞の購読を「辞めます」と言った。番組は全国ネットだったため全国に放送された。この抗議は放送開始から26分に渡って行われた。また、その後全国的な読売新聞不買運動が起こったことは有名である[29][30]

  • 1986年に広島の優勝が決定した際、「巨人の優勝は日本シリーズの第1戦が始まるまで諦めない。だって広島の選手が乗った飛行機が墜落するかもしれないでしょ?」とヒートアップしたところ、発言の1ヶ月後から大規模な飛行機事故が数年に渡り多発。短慮な発言として問題となったことがある。

  • 1989年、広島を破り巨人が優勝した際、広島ファンの久米宏を『ニュースプラス1』(11月3日放送分)に生出演させたことがある。この時、久米は半ば強制的に「読売ジャイアンツ優勝、バンザイ!」と言わされた[31]

  • 長嶋と王の監督ON対決に湧いた2000年の日本シリーズ直前、王の愛弟子である藤井将雄が夭折しているが、「徳光が藤井の死によるダイエーの戦力減少を喜んだ」などと発言した内容が長期に渡り掲載されていたことがある。

  • 2007年刊行『巨人軍5000勝の記憶』では、巨人在籍経験者以外で唯一「メッセージ」が掲載されている[32]

  • 2013年11月26日に行われた「プロ野球コンベンション2013」で司会を務めたが巨人絡みの選手が出てくると、インタビュアーの質問を遮って、いきなりヨイショな質問やコメントを連発。NPB(日本野球機構)主催のイベントで、特定の球団に肩入れした人物が司会するだけでも批判があったが、そのひいき目がイベントにも露骨に出たことから、出席した球界関係者からは『なんで徳さんに司会やらせるの?』とクレームが殺到した[33]

  • 2013年12月16日に行われた都内のホテルで行われた有馬記念レセプションパーティーで司会を務めたが、ゲストの野村克也からは「(テレビなどで)俺の散々悪口を言ったらしいじゃないか。私はあなたが嫌い。そばにも寄りたくない」とぼやかれ「年末にこんな仕打ちにあうとは思わなかった」と汗をぬぐった[34]



日本テレビアナウンサー時代




  • キューピー3分クッキングに出演していた際、調理している人の横で腕を組むシーンに対し視聴者から抗議の手紙が多数寄せられたことや料理の初心者故に「味噌汁は味噌に水を入れて作るんですね」などと的外れな発言を行なったことから上司から「向いていない」と言われ僅か3ヶ月で降板となる[35]


  • 1964年から1978年までは、プロレス中継の実況アナウンサー、リポーターとして活躍していた。

  • プロレス中継と並行して、1970年代に入ってからはバラエティ・情報畑で活躍するようになった。

  • 1980年にスタートした『NNSアナウンス大賞』の第1回最優秀賞受賞者である。


  • 1983年2月から1985年6月まで、日テレのキャッチフレーズ「おもしろまじめに4チャンネル」のイメージキャラクターを、小林完吾とともに務めた(自身が「おもしろ」、小林が「まじめ」として)。このコンビで局の垣根を超えて『笑っていいとも』の「テレフォンショッキング」に出演しており(1983年4月5日)、ドラマでも『太陽にほえろ!』の550話「俺はプロだ!」にて出演している(1983年4月1日)。

  • 日テレ時代の後輩である福留功男とは、40年来の親友関係にあるが、『アメリカ横断ウルトラクイズ』での役回りから一時期テレビで「犬猿の仲」を演じていたことがあった[36]。仕事以外では、福留が『ズームイン!!朝!』の司会に就任する際のインタビューで、「徳光さんは各局のリポートをきちんと受け止める名キャッチャーだった」と高評価し、1991年に、福留がフリーになった理由のひとつが「先輩であり親友でもある徳光さんが退社してフリーになったこと」であった程、仲が良い。自身も「トメはアナデューサーだ」と福留の放送人としての才能を評価している[37]。2007年10月15日から放送されていた『オジサンズ11』で、フリー転向後初めて福留とのレギュラー共演を果たしており、この番組では「犬猿の仲」は演じていない。なお、2人の後輩である羽鳥は徳光を「キャッチャータイプ」、福留を「ピッチャータイプ」と評し、羽鳥自身は「キャッチャータイプ」だという。

  • 『ズームイン!!朝!』から『NNNニュースプラス1』に担当番組が代わった頃から「俺はバラエティ番組・情報番組に慣れていたからニュースキャスターは合わない」と思うようになった[38][39]。加えてアナウンス部副部長昇進のオファーがあったが、徳光は数字の管理が苦手で「役職が付けば、今まで全くやったことが無い事務的な仕事もしなければいけなくなるだろうし、自分の管理も満足にできない人が、上に立って他人の管理をすることは出来ない。俺は事務職ではなく、現場で生きていきたい」と思ったことなどが日テレ退社・フリーへのきっかけとなった[40]。なお、自身に『ニュースプラス1』キャスターとしての白羽の矢が立ったのは「『ニュースステーション』のおかげで、ニュースそのものが難解な言葉を多用するものから、分かりやすいものに変わっていったことに影響されたのではないだろうか」と話し、「『プラス1』の3年間は世界的にも激動の3年間で、人にものを伝える難しさというものを学んだ」とも話している[6]

  • 新人時代、都市対抗野球で「鞠が転々と転がりました」と実況したことが上層部の逆鱗に触れ、プロレス中継の担当に回された[39]



ギャンブル


大のギャンブル好きである。特にボートレースが大好きであり、選手の心理状況や家族構成まで調べるくらいに熱中している。日テレ時代に『ズームイン!!朝!』を担当していた時は、番組が終わるとほぼ毎日のようにBOAT RACE平和島に直行していたと言われている。「競馬は遊び、競艇は勝負」が口癖でもあるという[41]。アナウンサーを引退したらボートレース場で予想屋をやりたいとも語っている。




  • 競馬では大穴狙いが多く、負けて当然と言った馬券の買い方をよくする[41]。ウインズ後楽園によく出没する。1997年2月17日には、船橋競馬場で当時の南関東公営競馬史上最高配当記録となる馬複(馬連)20万馬券を的中し、約800万円の払い戻しを受け、大々的に報じられた(この時はウインズ新橋の場外発売で馬券を購入)。その際、徳光の馬券予想コーナーを掲載していたスポーツ報知では「徳さん万馬券的中」と1面で報じたが、別のスポーツ新聞は徳光であることに気がつかず、「初老の男性が換金に来た」と報じた。


  • 競輪では自宅のある茅ヶ崎に程近い平塚競輪場を訪れる。2007年の日本選手権競輪など、当地でのテレビ中継のゲストに呼ばれたこともある。

  • 公営競技以外にも麻雀も打つ(過去にはストレス解消法として、深夜まで及ぶことがあった[42])。

  • 2008年4月26日に、酔っ払い、ウインズ銀座で騒ぎを起こしたと、同年5月3日付の東京スポーツで報道された。馬券を買おうと自動発券機にマークシートと紙幣を投入したが、機械のトラブルで発券されず、出走5分前だったため激昂し、係員を呼び付け「どうなってんの!」と大声で怒鳴り散らし、係員が「破れた紙幣が(機械に)詰まっています」と状況を説明すると、「破れたお金なんか入れてないよ!」と詰め寄ったという。

  • 2009年4月に映画『グラン・トリノ』の特別試写会に招かれた際には、自らの理想の死に方として「『これを孫娘に渡してくれ…!』と言って万馬券を持って死ぬ、とかですね、あまりにも高価な万馬券故にショック死をしてしまうとか」と語っている[43]



入院生活


2001年6月に、急性心筋梗塞を患い緊急入院したが、同月末に現場復帰。息子・正行の著書によれば、年齢不相応の不摂生が原因であるという。「健康に気を遣うということが、既に不健康である」というのが自身のモットーであったが、後にこの認識は改めざるを得なかったと後に語っている。


この経験により、2008年からはアステラス製薬が展開する、コレステロール適正管理キャンペーンに起用され、CMなどで日常での健康管理の重要性を呼びかけた。


なお、2001年の『24時間テレビ24』の司会は、最初と最後を除き、みのもんたが代行をした。


発病直前の生活について[42]



  • 週6本のレギュラー番組があり、休みがほとんどなかった。


  • ヘビースモーカーで、タバコを1日4箱(80本)吸っていた。

  • 魚の肝や魚卵、天ぷらなど脂っこいものが大好き。


なお、アステラス製薬のインターネットサイトのインタビューで、退院間近になり、担当医師に対し「これからタバコの数は減らします」と発言したが、担当医師が「このチーム(治療にあたっていた医師達)解散します」と発言したその時「僕はそのチームによって助けられたんだな。この人達に対してもこれからタバコを吸ったら失礼だ」と思ったという。さらに医師からも「今後タバコを1本でも吸ったら命の保障はありませんよ」と言われ、禁煙することになった。



親族



  • 『遠くへ行きたい』の第2100回記念「僕のご先祖様は屯田兵」(2012年4月放送)では旅人として北海道を訪ね、その際には滝川市で長年の念願だった墓参を果たしている。しかし、NHKの番組『ファミリーヒストリー』(2013年1月21日放送)で、先祖は元々江差でニシン漁をし、その後現在のえりも町に移住した漁師であることが判明した[44]

  • ファミリーヒストリーによると、騎手・福永祐一の高祖父、元騎手の福永洋一の曽祖父の妹と、徳光の祖父の兄が結婚しており、遠い姻戚関係にあるとのことである。また、ジャーナリスト・服部誠一は曽祖父である[44]


  • ドラァグクイーン(女装家)のミッツ・マングローブ(本名・徳光修平)は和夫の甥にあたる。サントリーフーズ「BOSS」のCMで和夫と甥のミッツが親子役で共演しており、劇中で和夫に平手打ちされるシーンについてミッツは「本当の親にも殴られたことないのに、まさか伯父に殴られるとはね。40歳にもなって」と心境を明かしていた[45]



出演



テレビ番組



現在




  • BSイレブン競馬中継・うまナビ!イレブン(日本BS放送 2011年1月 - ):レース解説者「ご意見番」として、GI開催日を中心に随時出演


  • 徳光和夫の週刊ジャイアンツ(日テレG+ 2012年4月 -):司会


  • 徳光&ピン子&ミッツのもしも突然芸能人が家族になったらどうなる?(テレビ東京):泉ピン子、ミッツ・マングローブと共に司会


  • 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(日本テレビ):一出演者1978年、チャリティーパーソナリティー1979年、総合司会1980年 - 2010年、チャリティーマラソンランナー2011年、スペシャルサポーター2012年 -


  • 徳光和夫の名曲にっぽん 昭和歌謡人(BSジャパン 2013年10月2日 -):森恵と共に司会


  • 海を越えた家族愛(テレビ東京)


  • 路線バスで寄り道の旅(テレビ朝日):不定期の後、2015年4月5日よりレギュラー出演


  • 世界!ニッポン行きたい人応援団(テレビ東京):2時間以上の特番時のみ出演


  • 今夜はナゾトレ(フジテレビ)※不定期出演


  • アッコにおまかせ!(TBS)※準レギュラー

  • 徳光&木佐の知りたいニッポン!〜霞が関からお知らせします〜(BS-TBS、2018年4月14日 - ):政府広報番組



過去


日本テレビ

ニュース・情報番組




  • ズームイン!!朝!:初代司会 / 1979年3月 - 1988年3月


  • NNNニュースプラス1:初代メインキャスター / 1988年4月 - 1991年9月


  • 徳光の「地球時代です」!:笛吹雅子と共に司会 / 1991年10月 - 1992年3月


  • THE・サンデー:2代目司会 / 1992年10月 - 2008年9月


  • TheサンデーNEXT:司会 /(2008年10月 - 2011年3月)


  • おもいッきりDON!(日本テレビ):コメンテーター(月曜・木曜)/(2009年4月 - 2010年3月)※10月5日放送から月曜日コメンテーターとして出演。


  • DON!:コメンテーター(月曜)/(2010年3月 - 2011年3月)※前番組おもいッきりDON!から引き続き出演。


その他




  • キユーピー3分クッキング:アシスタント


  • 三菱ダイヤモンドアワー・日本プロレス中継:実況アナウンサー


  • 全日本プロレス中継:実況アナウンサー

  • 金曜10時!うわさのチャンネル!!


  • アメリカ横断ウルトラクイズ:レポーター


  • 全国高等学校クイズ選手権:スタジオ司会・レポーター


  • あまから家族:ミヤコ蝶々と司会。立川談志が1976年1月に降板、その後任で代理司会を務めた。出演期間は1976年2月8日 - 1976年2月15日。


  • オジサンズ11:メイン出演者 / 2007年10月 - 2008年9月


  • カックラキン大放送!!:ナレーター / 1975年4月 - 1986年9月


  • 1億3000万人が選ぶ!ベストアーティスト:司会 / 2001年 - 2008年


  • 速報!歌の大辞テン:飯島直子→中山エミリと共に司会 / 1996年10月 - 2005年3月、2005年12月25日


  • 徳光&所のスポーツえらい人グランプリ:所ジョージと共に司会 / 1994年9月 - 2005年9月


  • 夜も一生けんめい。:元フジテレビアナウンサーの逸見政孝の代行・後任司会 / 1993年9月 - 1995年3月


  • NTV紅白歌のベストテン⇒ザ・トップテン⇒歌のトップテン:コーナー司会、総合司会 / 1969年10月 - 1981年3月、1981年4月 - 1982年9月、1986年4月 - 1987年3月


  • スターむりむりショー:司会 / 1974年4月 - 1974年9月


  • 新・底ぬけ脱線ゲーム:司会 / 1974年10月 - 1977年9月


  • ハテナ?ドンぴしゃ!:司会 / 1977年10月 - 1978年9月


  • 歌のワイド90分!:司会 / 1982年10月 - 1986年3月


  • テレビから生まれた歌・30年!:小林完吾とともに司会 / 1983年8月28日


  • サンデースポーツ9:吉田填一郎、杉かおりとともに司会 / 1984年4月 - 1984年9月


  • 徳光和夫のTVフォーラム:司会 / 1984年10月 - 1988年12月


  • さよなら大放送 おもしろ国鉄スペシャル(特番):三田寛子と共に司会 / 1987年3月31日 - 4月1日


  • 水曜バラエティ・徳光・ピン子のおもしろ歌謡倶楽部:泉ピン子と共に司会 / 1987年9月16日


  • 巨泉のこんなモノいらない!?:大橋巨泉の代理司会


  • スポーツジョッキー 中畑クンと徳光クン⇒中畑&徳光のスポーツ熱中宣言:中畑清と共に司会 / 1990年4月 - 1991年3月


  • 独占!!スポーツ情報:東京ドーム巨人戦中継実況担当:1993年4月 - 2000年9月


  • だんトツ!!平成キング:司会 / 1997年11月 - 1998年3月


  • THE独占サンデー:巨人応援実況 / 2000年10月 - 2002年9月


  • モー。たいへんでした:司会 / 2001年4月 - 2002年3月


  • 嗚呼!バラ色の珍生!! パネラー

  • 徳光&紗理奈の地元で遊ぼう:特番


  • みのもんたの人生相談デカ 〜おもいッきりテレビ殺人事件〜:ゲスト / 2002年10月1日


  • 天国のスタア:司会 / 2002年 - 2007年


  • トナリの悩みの解決人:スタジオ司会 / 2003年10月 - 2004年3月


  • 徳光&所の世界記録工場:所ジョージと共同司会


  • サルヂエ:“サルミツさん”として司会出演 / 2006年4月5日(「超人気番組大集合!春のサルヂエ祭り!2006」にて)・2006年10月18日 - (この日からレギュラー“2代目サルさん”として)


  • ズームイン!!SUPER:2007年10月22日(羽鳥慎一と共演。なお、徳光・福留・羽鳥の3人でズームイン!!ポーズをした)また、2009年3月2日にも出演。


  • 人生が変わる1分間の深イイ話:不定期出演


  • 午後は○○おもいッきりテレビ:夏休みで休養していたみのもんたの代理司会


  • 徳光和夫のトクセン!!(BS日テレ):司会(2009年10月 - 2010年3月)


  • うんちく・しりすぎ:今田耕司と共に司会 / 2010年4月 - 2010年6月


  • 徳光和夫のトクセンお宝映像!(BS日テレ 2010年10月 - 2013年3月):司会


  • 1000年後に残したい…報道映像2011:司会 / 2011年12月23日


  • 遠くへ行きたい第2100回放送記念「僕のご先祖様は屯田兵〜北海道 帯広・滝川・旭川〜」:旅人 / 2012年4月8日


テレビ朝日



  • 水曜スーパーキャスト 徳光&逸見の2度と出来ないテレビ:元フジテレビアナウンサーの逸見政孝と共に司会/1991年2月頃


  • ドスペ! クイズ!ギョーカイ大百科:MC 2006年11月11日


  • 徳光&史朗の暴走おやじアナ(鈴木史朗と山本文郎、露木茂らと共に東京の名所を練り歩く番組。2003年から毎年年始に放送)


  • クイズプレゼンバラエティー Qさま!!:不定期出演

  • 紳助・徳光の一枚の写真:島田紳助と共に司会


TBS



  • クイズダービー:大橋巨泉の後任司会 / 1990年4月 - 1992年12月
    • 最終回(1992年12月19日放送)では大橋巨泉が再び司会のため、5枠のゲスト解答者として登場したが、8戦全敗の成績に終わった(このうちの1問は正解まであと一歩という惜しいところだった)。



  • ウェディングベル:司会 / 1993年10月 - 1997年3月


  • めっけMON!:岡江久美子と司会、徳光入院中は東貴博が代理司会を務めた


  • 特ネタ!ニッポン宝島:岡江久美子と司会


  • 徳光和夫の感動再会!"逢いたい":司会 / 2006年10月 - 2009年3月


TBSアナウンサーの安住紳一郎と共に司会を務めていた「徳光&安住の感動再会“逢いたい!”スペシャル」をレギュラー化。



  • スパモク!! ザ!芸能人ナイショのストーリー(秘)映像GP 司会 / 2010年5月27日

  • 地球SHOW学校 司会 / 2010年11月22日


BS-TBS


  • 徳さんのお遍路さん 四国八十八カ所 心の旅(2012年10月7日 - 2014年3月30日):「お遍路さん」として出演(旅人)。
    • 徳さんのお遍路さん 最後の旅 高野山へ!ありがとう結願SP!!(2014年3月30日)


毎日放送



  • ダウトをさがせ!:司会 / 1992年4月 - 1993年9月


  • 世界ウルルン滞在記→世界ウルルン滞在記“ルネサンス”→世界ウルルン滞在記2008:司会 / 1995年4月 - 2008年9月

    • 世界ウルルン滞在記リターンズ(BS-i → BS-TBS):司会 /(2008年10月 - 2013年3月)



1995年4月から2008年9月までMBS・TBS系にて放送されていたウルルンシリーズの再放送および未公開名場面集を基本としたBS-TBSのオリジナル番組。

  • 「インスタントラーメン発明物語 安藤百福伝」司会 / 2010年3月5日

テレビ東京



  • 徳光のTVコロンブス:司会 / 1990年4月 - 1995年3月


  • 徳光和夫の情報スピリッツ:司会 / 1995年4月 - 2004年3月


  • 徳光&コロッケの“名曲の時間です”:ものまねタレントのコロッケと共に司会 / 2005年4月 - 2006年9月


  • 夏祭り&年忘れにっぽんの歌:司会


  • ザ・決断!国民の審判 :2007年7月29日

  • 芸能界オトナ遊び部:2010年10月11日


  • いい旅・夢気分SP:2010年11月10日


  • プレミア音楽祭 :2011年7月1日、2012年9月9日、司会

  • ひばり、テレサ…歌姫たちの名曲ベスト:司会 / 2013年2月9日(BSジャパンとの共同制作によるBSオリジナル番組)


  • 田舎に泊まろう! : スペシャル版の司会


テレビ大阪



  • 感涙!時空タイムス:矢口真里と共に司会


  • 発進!時空タイムス:同上


フジテレビ



  • G-STAGE⇒SOUND ARENA:堺正章、田代まさしと共に司会

  • 幸せって何だっけ 〜カズカズの宝話〜


  • 美味しんぼ塾 ラーメン道〜日本全県グランプリ〜:2007年1月16日、司会


  • めちゃ×2イケてるッ!:岡村オファーがきましたシリーズ(結婚式編)


  • クイズ$ミリオネア:「スーパー$ミリオネア2008年春!みのもんた絶体絶命SP」で出場3度目にして1,000万円獲得。

  • 徳光和夫&菜々緒&木村藤子の美女たちのターニングポイントスペシャル(2013年1月9日):菜々緒と共に司会

  • めちゃ×2イケてるッ!:めちゃ×2 祝ってるッ! 矢部浩之・裕子結婚披露宴 緊急生放送スペシャル!!(2013年4月6日):結婚披露式で司会

  • カスペ!木村藤子のキセキ相談 美女たちのターニングポイントSP(2013年6月4日):司会


NHK



  • 鶴瓶の家族に乾杯 福島県三春町の旅(2009年10月19日・26日)

  • ファミリーヒストリー (2013年1月21日)



テレビドラマ




  • 青春とはなんだ(1966年、日本テレビ) - アナウンサー役


  • 何処へ(1967年、日本テレビ) - 本人 役


  • 雑居時代(1974年、日本テレビ) - ゲーム番組の司会者 役


  • 必殺仕事人・激突!(1991年、テレビ朝日系) - ナレーター


  • 勇者ヨシヒコと導かれし七人 第5話(2016年、テレビ東京) - ニッテレン 役



映画




  • 告訴せず(1975年、東宝) - TVアナウンサー 役


  • 20世紀少年 第2章 最後の希望(2009年、東宝) - 万博司会者 役

  • 前橋ヴィジュアル系(2011年、ケイダッシュステージ / リンクライツ) - 本人 役


  • 母 小林多喜二の母の物語(2017年、現代ぷろだくしょん) - 駐在 役[46]



テレビアニメ



  • ルパン三世第2シリーズ(1979年、日本テレビ) - 本人 役


劇場アニメ




  • 王立宇宙軍 オネアミスの翼(1987年、東宝東和) - TVアナウンサー 役


  • APO APOワールド ジャイアント馬場90分一本勝負(1996年、松竹) - 徳光アナウンサー 役



吹き替え



  • 激突!(1989年、日本テレビ) - デイヴィッド・マン 役〈デニス・ウィーバー〉


ラジオ番組


ニッポン放送



  • アッコ・徳光のラジオ紅白歌合戦(2000年 - 2005年):和田アキ子と共に司会

  • 板東・徳光のプロ野球界横断ウルトラクイズ(2004年6月21日):板東英二と共に司会

  • アッコ・徳光の歌のタイムトンネル(2006年 - 2007年)


  • コ・ト・ノ・ハ歳時記(2009年11月 - 2010年3月):ニッポン放送新保友映と共にパーソナリティ


  • 徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー(2010年7月 - )


STVラジオ


  • オハヨー!ほっかいどう・徳光和夫のビバ!ジャイアンツ(火曜、電話出演)

NHK



  • 今夜も大入り!渋谷・極楽亭(ラジオ第1放送、2010年5月15日 ゲスト出演)

  • 徳光和夫のふるさと民謡トーク(NHK-FM、2015年8月21日、司会)


アール・エフ・ラジオ日本


  • 徳光和夫のがんばれジャイアンツ

  • 徳光和夫のおじさんグラフィティ  

  • 徳光教授の巨人学講座(1998年度ナイターオフ、1999年度ナイターオフ)



インターネット番組



  • 政府インターネットテレビ「徳光&木佐の知りたいニッポン!」(2010年9月24日〜 週1回のペースで更新)


広告



  • 日本テレビ・読売新聞新宿住宅総合展示場(日テレアナウンサー時代、終了)


  • 興和:コルゲン、キャベジン(ナレーター、日テレアナウンサー時代、終了)

  • Walt Disney's MAGIC KINGDOM ON ICE(1987年)


  • 三共(現第一三共ヘルスケア):新三共胃腸薬(現第一三共胃腸薬、終了)


  • タカラ(終了)

  • 日本テレビ:日テレG+ - 長嶋茂雄と共演(終了)


  • サントリーフーズ:フラバン茶


  • スカイパーフェクト・コミュニケーションズ:スカイパーフェクTV!


  • サントリー:サントリーTVショッピング・DHAの10人(30分、地上波・BSデジタルで放送)



出没!アド街ック天国のランキング紹介と同じように1人ずつ紹介していく、ナレーションは、アド街ック天国でもナレーションをしている武田広。徳光はナビゲーター。



  • アステラス製薬 / ファイザー:動脈硬化性疾患予防推進キャンペーン「コレステロール 甘くみない!!!」


  • KDDI / 沖縄セルラー電話(各auブランド):ガンガン乗りかえ(土屋アンナと共演、終了)


  • エコリカ(2011年、勝利編、敗北編) - 社長 役


  • アフラック(2012年7月16日-):もっとやさしいEVER「たま駅長」篇(たま (猫の駅長)と共に出演)[47]


  • サントリーフーズ「BOSS」(2015年)[48]

  • 映画『サウスポー』特別実況(2016年) ※ WEB限定 [49]


  • 日清医療食品:食宅便「ふたりの徳光さん」篇(2017年)



イベント




  • AKB48 17thシングル 選抜総選挙「母さんに誓って、ガチです」開票イベント(2010年6月9日、JCBホール) - 木佐彩子とともに総合司会


  • AKB48 22ndシングル 選抜総選挙「今年もガチです」開票イベント(2011年6月9日、日本武道館) - 同上


  • AKB48 27thシングル 選抜総選挙〜ファンが選ぶ64議席〜開票イベント(2012年6月6日、日本武道館) - 同上


  • AKB48 32ndシングル 選抜総選挙〜夢は一人じゃ見られない〜開票イベント(2013年6月8日、横浜国際総合競技場) - 同上


  • AKB48 37thシングル 選抜総選挙〜夢の現在地〜ライバルはどこだ?〜開票イベント(2014年6月7日、東京スタジアム) - 同上


  • AKB48 41stシングル 選抜総選挙〜予測不可能大荒れの一夜〜開票イベント (2015年6月6日、福岡 ヤフオク!ドーム) - 同上


MV



  • AKB48「しあわせを分けなさい」(2016年) - 結婚式の司会 役[50]


音楽



  • チチ・ハハ体操(1979年、ポリドール)

  • 天気予報の歌(ソノシート)『ズームイン!!朝!』挿入歌。


  • 電気グルーヴのアルバムORANGE(1996年、キューンレコード)。『反復横飛び』で臨時ニュースをアナウンスしている。

  • ファインプレーを君と一緒に〜GO!GO!ジャイアンツ〜(2005年3月23日、バップ)「五木ひろし with チーム・ジャビッツ21 feat.徳光和夫」名義。 読売巨人軍応援歌。読売新聞創刊130周年、読売巨人軍創立70周年を記念して製作。

  • 今夜は離さない PART II(2007年11月21日、キングレコード)「大月みやこ&徳光和夫」名義。



書籍



  • 徳光和夫のズームイン!!巨人軍(1981年、サンマーク出版)

  • 有名人のないしょ話 ちょっといいエピソード集(1983年、青年書館)

  • 企業内自由人のすすめ(1987年、講談社)

  • 今年もやっぱりジャイアンツ(1988年、天山出版〈天山ブックス〉)

  • 徳光和夫の巨人軍スカウティングレポート(1999年、ぶんか社)





脚注





  1. ^ クイズダービーの司会をしていた頃は他にも「徳光め」や「徳光ちゃん(とくみっちゃん)」などと挨拶していた。


  2. ^ 『ファミリーヒストリー 徳光和夫〜父は映画監督・驚きのルーツの数々〜』(NHK総合、2013年1月21日 [1])


  3. ^ 父が日テレ役員、本人が日テレアナ、息子も日テレの番組に出演しているため、親子3代に渡って日テレにも関与している。


  4. ^ 当時は軍国主義が強く唱えられた時代で、徳光の生まれた1941年に太平洋戦争が勃発した。


  5. ^ 自身が初代司会者を務めた『ズームイン!!朝!』の初日最初のニュースは前日に起きた福永の落馬事故だった。福永との親戚関係は2013年1月21日放送のNHK総合テレビ『ファミリーヒストリー』(徳光のルーツを辿った内容)で明らかになった([2])。

  6. ^ abcde週刊現代 2013年11月16日 66-68ページ『私の地図』


  7. ^ 『週刊ベースボール』[いつ?]


  8. ^ 「林真理子ゲストコレクション」『週刊朝日』2007年8月24日号、p.51。

  9. ^ ab林真理子「マリコのゲストコレクション」、『週刊朝日』、朝日新聞出版、2007年8月24日、 54頁。


  10. ^ 徳光正行・著『せんえつですが…徳光和夫の日常』(幻冬舎)『第4章・巨人愛』より。

  11. ^ ab林真理子「マリコのゲストコレクション」、『週刊朝日』、朝日新聞出版、2007年8月24日、 51頁。


  12. ^ 林真理子「マリコのゲストコレクション」、『週刊朝日』、朝日新聞出版、2007年8月24日、 54頁。


  13. ^ 他局の同期ではNHKが加賀美幸子、広瀬久美子、村田幸子、名取将、森本毅郎、吉川精一。フジテレビが岩佐徹と露木茂と能村庸一。


  14. ^ 日テレはアメリカ中央情報局(CIA)の手先として、開局当初から学生運動や左翼運動を批判する立場を取っていた(詳細は中央情報局、正力マイクロ波事件も参照のこと)。


  15. ^ 日テレはジャイアント馬場が率いる全日本プロレスの中継権を持ち、視聴率の高いゴールデンアワーで放映して、看板番組の一つとしていた。


  16. ^ 『せんえつですが…徳光和夫の日常』143-144ページ


  17. ^ “2011年8月21日放送『24時間テレビ』”. TVでた蔵 (2011年8月21日). 2014年9月12日閲覧。


  18. ^ [3],スポーツニッポン,2011年8月28日


  19. ^ “感動重視? 笑い重視? 自分の結婚式で司会をしてほしい芸能人ランキング”. マイナビウーマン (2014年8月30日). 2014年9月12日閲覧。


  20. ^ “2010年12月27日放送『中居正広の怪しい本の集まる図書館』”. TVでた蔵 (2010年12月27日). 2014年9月12日閲覧。


  21. ^ 2008年7月18日放送『一攫千金!日本ルー列島〜真夏のお台場番組祭り3時間スペシャル!〜新ドラマ&人気芸人が紳助にガチで挑戦するぞSP!!』(フジテレビ)のこと。


  22. ^ “徳光和夫に危惧される「燃え尽き症候群」”. 楽天WOMAN NEWS (2011年4月25日). 2014年9月12日閲覧。


  23. ^ 『ジャイアント馬場「甦る16文キック」第2巻』(小学館、2012年、ISBN 9784091042934)に収められた自身のインタビューで確認できる


  24. ^ 『せんえつですが…徳光和夫の日常』126-128ページ


  25. ^ 『せんえつですが…徳光和夫の日常』124-125ページ


  26. ^ 『せんえつですが…徳光和夫の日常』130-131ページ


  27. ^ 『せんえつですが…徳光和夫の日常』62-65ページ


  28. ^ [4],トピックニュース,2016年8月9日


  29. ^ この放送を見ていた長嶋から「もし、徳光さんがどんなことに巻き込まれても私が面倒を見る」と発言し、以来、長嶋との交友が始まっている


  30. ^ 『せんえつですが…徳光和夫の日常』101-102ページ


  31. ^ テレビ朝日『ニュースステーション』の公約による


  32. ^ 『巨人軍5000勝の記憶』 読売新聞社、ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296。 p.8〜9


  33. ^ コンベンション司会なのに"巨人偏愛"をゴリ押しする徳光和夫に、球界から大ブーイング!


  34. ^ 野村克也氏「あなた嫌い」徳光アナに激怒


  35. ^ “2013年10月20日放送『誰だって波瀾爆笑』(1/3)”. TVでた蔵 (2013年10月20日). 2014年9月13日閲覧。


  36. ^ 現在でも時折テレビ番組の企画などで(時にはさらに後輩でともに『ウルトラクイズ』に関わった小倉淳も巻き込む形で)福留への口撃を展開することがある。ただしあくまでも本人たちは洒落として行っていることが視聴者にはきちんと伝わっておらず、結果として徳光、福留両名に対する根拠のない誹謗中傷につながっている一面があることは否定できない事実である。


  37. ^ 実際、1991年の『24時間テレビ14』、1993年の『ズームイン!!夜!』、1998年の『今世紀最後!!史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』、1999年の『11PM』特番で共演している。


  38. ^ [5],日刊スポーツ,2014年4月24日

  39. ^ ab“2013年10月20日放送『誰だって波瀾爆笑』(2/3)”. TVでた蔵 (2013年10月20日). 2014年9月13日閲覧。


  40. ^ 『せんえつですが…徳光和夫の日常』154-155ページ

  41. ^ ab『せんえつですが…徳光和夫の日常』88-90ページ

  42. ^ ab『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』 2008年3月11日放送分より(公式サイト)。


  43. ^ 徳光和夫の理想の"最期"は「超高額万馬券を当ててショック死」 - マイコミジャーナル・2009年4月16日

  44. ^ ab“ファミリーヒストリー|2013/01/21(月)放送”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2015年1月4日閲覧。


  45. ^ “コロッケがちあきなおみの「喝采」顔マネ披露、いとうあさこは水着で鯉役”. お笑いナタリー (2015年8月27日). 2015年9月23日閲覧。


  46. ^ “小林多喜二の母の人生描く 映画製作進む”. 河北新報 (河北新報社). (2016年11月7日). http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201611/20161107_43009.html 2017年7月17日閲覧。 


  47. ^ 持病があっても入りやすい医療保険<もっとやさしいEVER>TV-CM「たま駅長」篇放映開始のお知らせ Archived 2012年7月19日, at the Wayback Machine.


  48. ^ “コロッケがちあきなおみの「喝采」顔マネ披露、いとうあさこは水着で鯉役”. お笑いナタリー (2015年8月27日). 2015年8月27日閲覧。


  49. ^ “徳光和夫、ボクシングシーンをアテレコ実況 映画『サウスポー』特別映像”. ORICON STYLE. (2016年5月31日). http://www.oricon.co.jp/news/2072569/full/ 2016年5月31日閲覧。 


  50. ^ “指原&ノブコブ吉村、AKB新曲MVで挙式&披露宴 誓いのキスも!?”. ORICON STYLE. (2016年8月4日). http://www.oricon.co.jp/news/2076214/full/ 2016年8月4日閲覧。 




関連項目




  • 清水一郎 - 日本テレビのプロレス中継実況アナウンサー。徳光と同時期に担当していた。


  • 倉持隆夫 - 清水・徳光の後を継いだ日本テレビのプロレス中継実況メインアナウンサー


  • 大橋巨泉 - クイズダービーの先代司会者


  • 逸見政孝 - 夜も一生けんめい。の先代司会者


  • きくち教児 - 名古屋のローカルタレント。ズームイン!!朝!の中京テレビの初代レポーター。歌のワイド90分!の次代司会者。


  • 柳家小さん - 学生時代熱烈な小さんファンで弟子入りを考えたこともあったという


  • 明石家さんま - 徳光に対抗し"ミスター27時間テレビ"と呼ばれている。


  • 脊山洋右 - 生化学者 (医学博士) 。東京大学医学部・お茶の水女子大学名誉教授。徳光と同い年である。(同じ1941年3月生まれ)


  • 脊山麻理子 - 上記・脊山洋右の末娘。徳光と同じく元日本テレビアナウンサーで現フリーアナウンサー。



外部リンク


  • ソニー・ミュージックアーティスツ












Popular posts from this blog

Entries order in /etc/network/interfaces

新発田市

Grub takes very long (several minutes) to open Menu (in Multi-Boot-System)