ニッコク
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | ニッコク |
| 本社所在地 | 東京都港区六本木六丁目17番1号 |
| 設立 | 1940年12月26日(日国工業) |
| 業種 | 製造業・その他 |
| 法人番号 | 7010401006415 |
| 事業内容 | 水道メーターの製造販売 芸能プロダクション 放送番組企画制作 |
| 代表者 | 代表取締役社長 御法川法男 |
| 資本金 | 7200万円 |
| 売上高 | 40億円(2006年度) |
| 従業員数 | 150人 |
| 外部リンク | ニッコク |
株式会社ニッコク(Nikkoku Co, Ltd.)は、水道メーターの製造販売及び、同社社長でもあるみのもんた(本名:御法川法男)のマネジメントを主な業務とする日本の企業である。
目次
1 概要
2 過去の不祥事
3 脚注
4 外部リンク
概要
みのもんたの芸能事務所「オフィスモンタ」が1999年10月、実父の御法川正男(ニッコク元会長・2005年1月29日没)が経営していた水道メーター製造販売会社「日国工業」を吸収し現社名となり、現在に至っている[1]。
前身の日国工業[2]は御法川易蔵、恒蔵、倉蔵の3兄弟により1940年に設立された。工場は王子にあってもとは医者の屋敷で待合室が事務室になり診察室が製図室となっていた。はじめは王子鉄工所の下請けなどをしていた。戦中戦後直後は機械ならコンクリートのミキサーからイースト菌の練り出し器などさまざまな仕事に手をつけ、戦災にあった電車の修復や蒸気機関車のスクラップから再製する仕事もしていた。やがて名古屋に移り水道関係の機器製造にかわっていった[3]。
2013年9月、みのの次男(当時日本テレビ社員)が逮捕された際、ニッコク職員は世間から批判を受けたという[4]。その後、日本テレビから解雇となった次男はみのの計らいでニッコクに再就職した[5]。事件発覚当初、みの自身は次男のニッコクへの再就職について明確に否定していた[6]。しかし、実際には、日本テレビ解雇直後から、社会保険と年金のためと称して、ニッコクに所属させていた。給料は支払っていないとみのは主張している[7]
過去の不祥事
2003年、水道メーター談合疑惑で談合に関わったメーカーとして家宅捜索を受けた。それ以前も、摘発を受け処分[8]されていたが、その後も談合を繰り返していたとして公正取引委員会から排除勧告を受けている。
2005年、東京都水道局の入札に関する水道メータ談合事件に係る課徴金納付命令に伴う談合企業を東京都水道局が発表。再びニッコクが談合に関与していた件で東京都から13,941,018円の損害賠償請求(第二次請求)を受けることになった[9]。
2006年、神奈川県の川崎市水道局で、2000年から2002年の間に行われた水道メーター入札に関する談合事件に関与していた企業が、刑事告発を受けた。その結果、ニッコクを含む計8社に対する損害賠償請求が行われた[10]。
脚注
^ みのもんたの父死去92歳…息子は複雑関係 ZAKZAK 2005年2月1日
^ 『帝国銀行会社要録. 昭和16年(29版)』(国立国会図書館デジタルコレクション)
^ 臼井茂信『機関車の系譜図』No.3、交友社、1976年、424-425頁
^ 『女性自身』2014年9月23日号でのみののインタビューより
^ 同『女性自身』でのみののインタビューより
^ みのもんた 経営の水道会社「倒産を覚悟した」週刊朝日 2013年11月15日号
^ スクープ・インタビュー120分! 次男の逮捕から1年 みのもんた「謹慎中に考えたこと、すべてお話しします」2014年09月09日 週刊現代
^ 東京都が指名停止措置 公取委の排除勧告受け 日本計量新報記事 2003年7月20日
^ 水道メータ談合事件に係る課徴金納付命令に伴う損害賠償請求(第二次請求)の実施について 2005年4月東京都水道局プレスリリース
^ 水道メーター入札談合事件に係る損害賠償請求訴訟を提起しました(PDFファイル) 2006年2月8日、川崎市からのお知らせ
外部リンク
- 水道メーターの株式会社ニッコク
東京都発注水道メーター入札談合 公正取引委員会プレスリリース(ウェブアーカイブによるキャッシュ)
| ||||||||||||||||||