タマモクロス

































































タマモクロス

Tamamokurosu.JPG
2002年9月4日撮影(アロースタッド)

欧字表記
Tamamo Cross
品種
サラブレッド
性別
牡
毛色
芦毛
生誕
1984年5月23日
死没
2003年4月10日(19歳没)
父
シービークロス
母
グリーンシャトー
生国
日本の旗 日本(北海道新冠町)
生産
錦野牧場
馬主
タマモ(株)
調教師
小原伊佐美(栗東)
競走成績
生涯成績
18戦9勝
獲得賞金
4億9161万3600円
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タマモクロス(Tamamo Cross)とは、日本中央競馬会に登録されていた競走馬である。天皇賞(春・秋)、宝塚記念のGI競走などに優勝した。同じ芦毛馬であるオグリキャップとの芦毛頂上対決に多くの競馬ファンが沸いた。引退後は種牡馬となった。


現役時の主戦騎手は南井克巳。半妹にエリザベス女王杯を優勝したミヤマポピーがいる。


父・シービークロスが「白い稲妻」というニックネームで親しまれていたため、「稲妻2世」や「白い稲妻」とも呼ばれた。


※馬齢は当時の表記(数え年)にて記載




目次






  • 1 出生


  • 2 戦績


    • 2.1 4歳(1987年)


    • 2.2 5歳(1988年)




  • 3 競走成績


  • 4 引退後


    • 4.1 グレード制重賞優勝馬


    • 4.2 地方重賞優勝馬


    • 4.3 母の父として




  • 5 エピソード


  • 6 血統表


    • 6.1 主な近親




  • 7 脚注


  • 8 出典


  • 9 参考文献


  • 10 外部リンク





出生






タマモクロスの生産者であった錦野昌章は同馬を高く評価していたが、父シービークロスに対する世間の評価は低く、タマモクロス自身の線の細い外見もあいまって、下された評価額は500万円という安値であった。錦野はその低評価額で売ることを拒んだが、当時経営が逼迫していた同牧場の窮状をさらに強めることとなる。その後、タマモクロスの大成を見ずして、牧場は倒産した。


錦野はその後もあちこちを転々としながらも、タマモクロスを応援していた。しかし決して表に出ることはなかったという。そのためタマモクロス優勝時、表彰台の「生産者」の上には常に誰もいなかった。



戦績







4歳(1987年)


3月1日に阪神競馬場での新馬戦で南井克巳騎乗でデビューするも7着といいところがなかった。「ダートのレースのほうがゆったりとした流れが多いからよいのでは」と判断されたため、3戦目のダート戦で初勝利を挙げるも、その次に出走したレースで落馬事故に巻き込まれた[* 1]。その後は休養をはさみ札幌競馬場でダート戦[* 2]に出走するも礼文特別の2着が最高で勝てず、中央場所に戻っても2戦連続3着という成績だった。陣営は「やはり芝の方が良いのではないか」と考え、「ここで結果が出なかったら少し考えよう」[* 3][要出典]という半ば諦めムードで10月18日の京都競馬場での400万下戦(芝2200メートル)に出走させた。すると、今までの不振が嘘のように7馬身差で勝利した。勝ちタイムは同日、同競馬場の同距離で行われた菊花賞トライアル京都新聞杯のそれより速かった。次に出走した藤森特別(芝2000メートル)では松永幹夫が騎乗したが、2着馬に8馬身差を付け勝利。この2走の勝ちっぷりから、一部マスコミから「菊花賞での関西の秘密兵器」と呼ばれたが、調教師の小原伊佐美は先を考えて「ここで無理をしたら絶対にダメになる」[1]と菊花賞には出走させなかった[* 4][要出典]。続く年末のGII鳴尾記念では格上挑戦ながら単勝3番人気に支持され、レースでは前半最後方を進むも直線だけでメイショウエイカンに6馬身差、やや重馬場ながらレコードタイムで勝利し、翌年の中央競馬の主役と目されるようになった。なお、この日は中山競馬が雪のため途中で中止となった。大橋巨泉は東京スポーツ紙上にて発表していたフリーハンデでクラシック馬を上回る評価を与え、4歳馬の1位にランクした。



5歳(1988年)


1988年は、前年の4歳クラシック組が精彩を欠く[* 5]一方で、同期でクラシック不出走のタマモクロスは株を上げた。小原は天皇賞(春)を見据え、日経新春杯から阪神大賞典というローテーションを描いていたが、馬主サイドの「金杯は縁起のいいレースなので、ここを勝てれば活躍が約束される」という縁起担ぎを理由とした強い要望で、年明け初戦は1月5日、京都競馬場のGIII・金杯(現・京都金杯)になった。この金杯では一時行き場を失くしかけたものの、馬ごみを縫うように内埒から抜け出して際どく勝利。直線だけで15頭をごぼう抜きという内容であった。続くGII阪神大賞典でも最後の直線で内をつき、前がふさがりかけるも逃げ込みを図るダイナカーペンターとの叩き合いで12年ぶりの重賞での同着勝利となった。この2つが、連勝街道時代では最も苦戦したレースであった。そして、父・シービークロスが勝てなかったGI天皇賞(春)では1番人気に支持され、やはり後方から内側をついて抜け出し、ランニングフリーに3馬身差をつけ、初のGI勝利。この勝利は鞍上の南井にとっても初のGI制覇だった。続くGI宝塚記念は、前年の天皇賞(秋)を制したニッポーテイオーとの天皇賞優勝馬対決となった。1番人気はニッポーテイオーに譲ったものの、レースでは珍しく早めにインを前へ前へと進み、直線では外へ持ち出し、逃げ込みを図るニッポーテイオーを差し切り優勝した。


秋シーズンは、「カイ食いが細いタマモクロスなら、調教だけでも仕上がるだろう」[1]という小原の考えによりぶっつけで臨んだ天皇賞(秋)で、地方競馬出身の雄・オグリキャップとの初対決となった。両馬とも当年は無敗であり、また2頭とも芦毛であることから、多くの競馬マスコミが「芦毛頂上決戦」(当時)と扱い大きな話題となった。オグリキャップは毎日王冠1着からの参戦であったのに対し、タマモクロスは東京競馬場ぶっつけ初出走、かつ2000mは距離が短いのではないかという前評判もあって、1番人気はオグリキャップに譲る形となった。レースでは、タマモクロスがこれまでと異なり、マイペースで逃げるレジェンドテイオーの直後につけるという先行策に打って出て場内を驚かせた。タマモクロスは、粘り込みを図るレジェンドテイオーを直線で交わすと、中団からの待機策を採ったオグリキャップの追い込みも1馬身4分の1に押さえこみ優勝、勝ち抜け制度がなくなった天皇賞において、史上初の天皇賞春秋連覇となり、また重賞連勝記録もそのオグリキャップとメジロラモーヌが記録していた「6」に並んだ[* 6]。その後、日本代表として出走したジャパンカップでは1番人気に推された。後方から早めに上がっていき、直線では先頭に一度立ったものの、競り合いを避けて馬体を離したペイザバトラーを差し返すことができず2着に敗れた。3着はオグリキャップ。引退レースの第33回有馬記念では人気投票、単勝人気とも1番人気だったが、レース前にささやかれた調子の下落のためか、最後方から残り3ハロンのスパートだけに賭けた競馬となり、オグリキャップに半馬身及ばず2着に敗れた。結局、オグリキャップとは天皇賞(秋)・ジャパンカップ・有馬記念で3度対決して2勝1敗。芦毛対決として昭和時代最後の競馬界を盛り上げた。この有馬記念を最後に引退した。同年のJRA賞において、年度代表馬・最優秀5歳以上牡馬・最優秀父内国産馬(部門名は当時)のタイトルを獲得した。



競走成績





























































































































































































































































































































































































年月日

競馬場
競走名

格
頭
数
枠
番
馬
番

オッズ
(人気)
着順

騎手

斤量
馬体重

距離(馬場)
タイム
(上がり3F)
タイム
差
勝ち馬/(2着馬)

1987
3.

1

阪神

4歳新馬

11
6
6
3.5(2人)
7着

南井克巳
55
456
芝2000m(良)
2:07.1 (40.6)
1.8
アイチマツシマ

3.

21
阪神
4歳新馬

10
7
8
3.7(2人)
4着
南井克巳
55
444
ダ1800m(重)
1:56.3 (40.8)
0.7
シルクマリア

4.

11
阪神
4歳未勝利

12
6
7
3.0(2人)

1着
南井克巳
55
446
ダ1700m(稍)
1:48.3 (38.8)
-0.1
(ビューティフル)

5.

10

京都
4歳400万下

15
3
4
11.2(6人)
-
南井克巳
55
440
芝2000m(良)
競走中止
-
トサノアサカゼ

6.

28

札幌
4歳上400万下

8
6
6
11.7(7人)
6着

田原成貴
55
446
ダ1800m(良)
1:55.6 (38.7)
3.0
ホッカイセイザン

7.

11
札幌
礼文特別
400万
9
5
5
18.0(7人)
2着

安田富男
55
444
ダ2000m(良)
2:07.1 (38.4)
0.2
ヒロノハヤテ

9.

19
阪神
能勢特別
400万
9
4
4
4.8(3人)
3着
南井克巳
55
442
ダ1800m(良)
1:55.0 (39.0)
0.3
アルファビバーチェ

10.

4
阪神
4歳上400万下

11
1
1
2.0(1人)
3着
南井克巳
55
444
ダ1700m(良)
1:47.9 (37.6)
0.6
マルカスキー

10.

18
京都
4歳上400万下

16
5
10
9.6(5人)

1着
南井克巳
55
440
芝2200m(良)
2:16.2 (36.0)
-1.2
(ナチノパーソ)

11.

1
京都
藤森特別
400万
14
4
5
1.7(1人)

1着

松永幹夫
56
442
芝2000m(稍)
2:03.0 (36.3)
-1.3
(メイショウヒエン)

12.
6
京都

鳴尾記念

GII
13
4
5
5.8(3人)

1着
南井克巳
53
450
芝2500m(稍)
2:33.0 (36.3)
-1.0
(メイショウエイカン)

1988
1.

5
京都

金杯(西)

GIII
16
7
13
2.2(1人)

1着
南井克巳
56
452
芝2000m(稍)
2:03.7 (35.5)
-0.1
(ハローポイント)

3.

13
阪神

阪神大賞典

GII
7
5
5
1.7(1人)

1着
南井克巳
56
452
芝3000m(稍)
3:12.1 (35.3)
同着

ダイナカーペンター

4.

29
京都

天皇賞(春)

GI
18
4
8
4.4(1人)

1着
南井克巳
58
448
芝3200m(稍)
3:21.8 (37.4)
-0.5
(ランニングフリー)

6.

12
阪神

宝塚記念

GI
13
2
2
3.0(2人)

1着
南井克巳
56
444
芝2200m(稍)
2:13.2 (36.1)
-0.4
(ニッポーテイオー)

10.

30

東京

天皇賞(秋)

GI
13
6
9
2.6(2人)

1着
南井克巳
58
452
芝2000m(良)
1:58.8 (34.9)
-0.2
(オグリキャップ)

11.

27
東京

ジャパンC

GI
16
3
5
3.2(1人)
2着
南井克巳
57
450
芝2400m(良)
2:25.6 (35.7)
0.1

ペイザバトラー

12.

25

中山

有馬記念

GI
13
7
11
2.4(1人)
2着
南井克巳
57
448
芝2500m(良)
2:34.0 (35.2)
0.1
オグリキャップ


引退後


種牡馬として北海道静内町のアロースタッドに繋養された[2]。中央競馬のGI馬こそいないものの、マイソールサウンド、カネツクロス、桜花賞で1番人気に推されたダンツシリウスなどの多数の重賞馬を輩出した。


2003年4月10日、腸捻転のためアロースタッド内で死亡。当時19歳であった[3]。北海道新ひだか町の桜舞馬公園(オーマイホースパーク)に、タマモクロスの墓碑がある[4]。死亡の翌年の2004年10月にはJRAゴールデンジュビリーキャンペーンの「名馬メモリアル競走」の一環として「タマモクロスメモリアル」が同年の天皇賞(秋)施行日の東京競馬場にて行われた[5]。



グレード制重賞優勝馬



  • 1991年産

    • カネツクロス(鳴尾記念、アメリカジョッキークラブカップ、エプソムカップ)[6]


  • 1993年産
    • シロキタクロス(神戸新聞杯)[7]


  • 1994年産

    • テイエムトッキュー(カブトヤマ記念)[8]


    • タマモイナズマ(ダイヤモンドステークス)[9]

    • マコトライデン(シリウスステークス)[10]



  • 1995年産

    • ダンツシリウス(シンザン記念、チューリップ賞)[11]


  • 1999年産

    • マイソールサウンド(阪神大賞典、京都記念、マイラーズカップ、京都金杯、中日新聞杯)[12]


  • 2000年産
    • ウインジェネラーレ(日経賞)[13]


  • 2003年産

    • タマモサポート(ラジオNIKKEI賞、京都金杯)[14]




地方重賞優勝馬



  • 1990年産

    • ホワイトアリーナ(桜花賞、関東オークス)[15]

    • ブリッジテイオー(建依別賞)[16]



  • 1991年産

    • ブラッククロス(東北ダービー、不来方賞、ダービーグランプリ)[17]


  • 1995年産
    • ダンツクロス(九州王冠)[18]


  • 1997年産
    • コスモクロス(園田金盃、播磨賞)[19]


  • 2001年産
    • シノブホマレ(六甲盃)[20]




母の父として




  • ヤマニンアラバスタ:父ゴールデンフェザント(2001年産 新潟記念、府中牝馬ステークス)[21]

  • マルモセーラ:父クロフネ(2008年産 ファンタジーステークス)[22]


  • ヒットザターゲット:父キングカメハメハ(2008年産 新潟大賞典、小倉大賞典、京都大賞典、目黒記念)[23]



エピソード



  • 漫画『みどりのマキバオー』の主人公ミドリマキバオーのモデルはタマモクロスだと作者のつの丸が発言している[24][要ページ番号]。また、本作の続編である『たいようのマキバオー』の主人公であるヒノデマキバオーはタマモクロス産駒という設定である。

  • 第8回ジャパンカップで2着に敗れたときに日本競馬のレベルアップが伺える記述として「(1983年の第3回で)キョウエイプロミスが2着に来た時は意外な好走と言うことで(競馬ファンが)大騒ぎしていたが、今年(1988年)はタマモクロスが2着に沈んだ。と言うことで(優勝できずに)口惜しがり、大騒ぎとなった」と書かれていた[25][要ページ番号]。

  • 現役時から噛み付き癖があり、種牡馬入りしたあともそれは改善されなかった。そのためタマモクロスがいる牧場のパドック柵には「危険、噛み付きます」という注意書きの札が掛けられていた。[要出典]



血統表






















































タマモクロスの血統(グレイソヴリン系 / 4代内アウトクロス)
(血統表の出典)

父


シービークロス
1975 芦毛

父の父
*フォルティノ
Fortino
1959 芦毛

Grey Sovereign

Nasrullah
Kong
Ranavalo

Relic
Navarra

父の母
ズイショウ
1968 芦毛
*パーソロン
Partholon

Milesian
Paleo
キムラス
*タークスリライアンス
*ロイヤルディール

母


グリーンシャトー
1974 栗毛

母の父
*シャトーゲイ
Chateaugay
1960 栗毛

Swaps

Khaled
Iron Reward
Banquet Bell

Polynesian
Dinner Horn

母の母
クインビー
1966 鹿毛
*テューダーペリオッド
Tudor Period

Owen Tudor
Comice
コーサ
*ヒンドスタン
*ミスチャネル F-No.21-a


主な近親


半妹にミヤマポピー(エリザベス女王杯、父カブラヤオー)がいる。



脚注


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  1. ^ この影響で怖がりな性格になったという説がある。


  2. ^ 当時、札幌競馬場には芝コースがなかった。


  3. ^ 負けたら障害戦に転向することも考えられていた。


  4. ^ 藤森特別から菊花賞へは連闘での出走が必要であった。


  5. ^ 二冠馬サクラスターオーは第32回有馬記念で故障し、後に死亡。東京優駿(日本ダービー)優勝馬メリーナイスはセントライト記念勝利以降、勝利から遠のいていた。


  6. ^ このJRA重賞連勝記録は1994年にヒシアマゾン、1998年にタイキシャトルも記録し、タイ記録に5頭が並ぶ状況となったが、2000年にテイエムオペラオーが重賞8連勝を記録したことで破られた後、2018年に障害競走重賞を9連勝したオジュウチョウサンによって再度更新されている。




出典




  1. ^ ab月刊『優駿』2012年11月号 日本中央競馬会


  2. ^ 「'92年に3歳馬がデビューする新種牡馬一覧表」『優駿』1992年7月号、日本中央競馬会、114頁


  3. ^ “タマモクロスが死亡”. 競走馬のふるさと案内所 (2003年4月11日). 2017年10月29日閲覧。


  4. ^ “桜舞馬公園(オーマイホースパーク)”. 競走馬のふるさと案内所. 2017年10月29日閲覧。


  5. ^ “9R タマモクロスメモリアル 1000万下”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  6. ^ “カネツクロス”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  7. ^ “シロキタクロス”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  8. ^ “テイエムトッキュー”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  9. ^ “タマモイナズマ”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  10. ^ “マコトライデン”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  11. ^ “ダンツシリウス”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  12. ^ “マイソールサウンド”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  13. ^ “ウインジェネラーレ”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  14. ^ “タマモサポート”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  15. ^ “ホワイトアリーナ”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  16. ^ “ブリッジテイオー”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  17. ^ “ブラッククロス”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  18. ^ “ダンツクロス”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  19. ^ “コスモクロス”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  20. ^ “シノブホマレ”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  21. ^ “ヤマニンアラバスタ”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  22. ^ “マルモセーラ”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  23. ^ “ヒットザターゲット”. JBISサーチ. 2017年10月29日閲覧。


  24. ^ 『みどりのマキバオー大本命ブック』集英社(1997年9月)


  25. ^ 月刊『優駿』1989年1月号 日本中央競馬会




参考文献


  • 阿部珠樹「タマモクロスVSオグリキャップ 時代を分けた2頭の芦毛 1988(昭和63)年秋」『優駿 1995年12月号 サラブレッド・ヒーロー列伝<レース編>12』日本中央競馬会、1995年


外部リンク





  • 競走馬成績と情報 netkeiba、Yahoo!スポーツ競馬、JBISサーチ、Racing Post


  • タマモクロス - 競走馬のふるさと案内所








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