水陸両用作戦




水陸両用作戦(すいりくりょうようさくせん 、英語: Amphibious operation、英語: Amphibious warfare)は、近代戦争における作戦形態、戦闘教義の一つ。陸地に対し、海などの水域を越えて戦力投射を行うことを目的とする[1]。アメリカ海兵隊のアール・H・エリス(英語版)中佐によって1920年代に提唱された概念である。


上陸戦、上陸作戦と同義に用いられることも多いが、水陸両用作戦のほうが上陸戦よりも広範囲な意味を含む[2]




目次






  • 1 語源


  • 2 歴史


  • 3 作戦術


  • 4 カテゴリー


    • 4.1 強襲


    • 4.2 襲撃


    • 4.3 撤退


    • 4.4 示威


    • 4.5 その他の作戦への支援




  • 5 戦術


  • 6 20世紀における地上戦の5大戦術革


  • 7 参考文献


  • 8 出典・脚注


  • 9 関連項目





語源


Amphibiousはギリシア語に由来し、水陸両生の動物(両生類=Amphibia)、植物を指す語である[2]



歴史





ノルマン・コンクエスト(1066年)。バイユーのタペストリーから。





南山の戦い。石に於ける陸兵上陸の図。海軍軍令部(1909年11月25日)


水上、海上から上陸を行い、進攻する事例は紀元前12世紀の古代エジプトが地中海の島々やヨーロッパ南岸の居住民から攻撃を受けていたという記録が残っている[3]。また、トロイア戦争などでも艦隊から浜に兵を上陸させ陣を敷いている[3]。ジュリアス・シーザーによるイギリス侵攻、ヴァイキング、元寇、スペイン領に対するフランシス・ドレークの襲撃など、上陸戦の例は成功例、失敗例ともに枚挙にいとまがない[3]


1920年代から1930年代にかけて、アメリカ合衆国と日本との間で戦争が起きることを予想していた人間はほとんどいなかった。実際、1921年にはワシントン海軍軍縮条約も取り交わされている。しかしながら、西太平洋にはマーシャル諸島のような日本の委任統治領があり、そこに日本軍が前進基地を造った場合、アメリカが前進基地を持っていたグアムやフィリピンとのルートは分断され、アメリカ海軍の優位性を損なう可能性があった。その時期に、アメリカ海兵隊にはアメリカ海軍大学校(英語版)などを中心に、図上演習、艦隊演習、士官教育などで高速空母と艦載機の連携による従来の大艦巨砲主義を超える攻撃力をもった独立部隊の構想と海兵隊によって前進基地を奪取する水陸両用作戦の構想が生まれて行く[4]


1921年、海兵隊司令部戦争計画課に所属するアール・ハンコック・エリス中佐は、ハワイ、グアム、フィリピンといったアメリカの前進基地を防衛しつつ、日本が保有す前進基地を奪取し、日本や中国に進攻する研究論文「ミクロネシアにおける前進基地作戦」[5]を執筆する。エリスがこの作戦を遂行するために提唱した概念が水陸両用作戦である。


水陸両用作戦と同じような考え方は、エリス以前にも存在するが、大規模に実施された例はほとんど無い。例外として第一次世界大戦でのガリポリの戦いがあるが、水陸両用作戦の考え方が未成熟であったために、作戦は失敗している[4]。このため、当時は「水陸両用作戦は不可能」という認識が広まっていたが、エリスはガリポリの戦いの失敗を教訓として水陸両用作戦を発展させていった。エリスの論文は第13代アメリカ海兵隊総司令官ジョン・A・レジューン(英語版)によって正式承認され、アメリカの対日作戦の基本となるオレンジ計画の元となる[4]


第二次世界大戦で、海兵隊はなんども水陸両用作戦を実行し、そのたびに作戦を洗練し、硫黄島や沖縄への上陸作戦へとつながって行き、水陸両用作戦による前進基地奪取のドクトリンと技法は完成して行った[4]


第二次世界大戦終戦後は水陸両用作戦の不要論も広まったが、朝鮮戦争にける仁川上陸作戦(1950年)によって、有効性は発揮されている[4]。なお、ベトナム戦争においては、戦争の形態が水陸両用作戦とは異なっており、海兵隊はヘリボーンを考案し、実践して行くことになる[4]



作戦術


水陸両用作戦は、下記の3種類に分類できる[1]




奇襲・斥候・破壊活動


コマンド型の特殊作戦である。


橋頭堡の確保

敵の支配下にある沿岸地域で陸戦作戦を展開するにあたり、作戦部隊や兵站活動の前進拠点を確保するための作戦である。

緊急展開

海路で迅速に戦略機動を行い、必要な場所に戦力投射を行う作戦である。



カテゴリー


水陸両用作戦は、下記の4種類に分類でき、また、近年は5種類めのカテゴリーが重要性を指摘されている[6]



強襲


強襲(Assault)は、水陸両用作戦で最も知られるカテゴリーである。敵の勢力下にある海岸に対して自軍の軍事力を上陸させ、拠点を構築するために実施される。著名な例としてノルマンディー上陸作戦などが挙げられる[7]



襲撃


襲撃(Raid)は、強襲と似ているが上陸部隊の撤収や収容が計画に織り込まれている点が異なる[8]。ディエップの戦いのように歩兵1個師団が導入される大規模なものもあるが、小規模な戦力投入で実施されることが多い[8]


襲撃の実施目的は多様であり、敵に損害を強いる、情報を入手する、陽動、特定の個人や軍事的に重要な装備品などを確保するといった目的がある[8]



撤退


撤退(Withdrawal)は、自軍や物資、民間人を撤退させることを目的とする。事前に計画された作戦の場合もあるが、緊急事態として実施される場合もある。ダンケルクの戦いなどが著名な例として挙げられる[9]



示威


示威(Demonstration)は、敵を欺瞞したり、陽動するため、あるいは自軍の力を誇示するために用いられる[10]



その他の作戦への支援


その他の作戦への支援(Support to Other Operations)は、災害派遣や人道支援活動を目的とした作戦である[10]。1990年から2010年にアメリカが実施した107回の水陸両用作戦の中で、78回の作戦が本カテゴリーに分類されている[10]



戦術


水陸両用作戦は、通常、陸戦、特殊作戦、上陸作戦、ヘリボーン、そして、航空作戦の戦術を採用した複合的な統合作戦として行われる[4]



20世紀における地上戦の5大戦術革


水陸両用作戦を含めて、「20世紀における地上戦の5大戦術革新」と呼ばれる戦術は以下の通り[11]



  • 電撃戦

  • 空挺

  • 水陸両用作戦

  • 近接航空支援

  • ヘリボーン



参考文献



  • 野中郁次郎 『知的機動力の本質 - アメリカ海兵隊の組織論的研究』 中央公論新社、2017年。ISBN 978-4-120049-74-3。


  • 石津朋之. “水陸両用戦争―その理論と実践 (PDF)”. 2017年8月24日閲覧。 - 『平成26年度 戦争史研究国際フォーラム報告書』



出典・脚注




  1. ^ abジェイムズ・ダニガン 「第12章 海軍:地上戦闘」『新・戦争のテクノロジー』 河出書房新社、1992年、283-298頁。ISBN 978-4309241357。

  2. ^ ab石津, p. 154.

  3. ^ abc石津, pp. 155-157.

  4. ^ abcdefg野中, pp. 12-22.


  5. ^ Advanced Base Operations in Micronesia


  6. ^ 石津, p. 159.


  7. ^ 石津, p. 160.

  8. ^ abc石津, pp. 160-161.


  9. ^ 石津, p. 161.

  10. ^ abc石津, p. 162.


  11. ^ 野中郁次郎 (2014年10月31日). “軍事技術・戦術におけるイノベーション【4】水陸両用作戦〈米国海兵隊編〉”. ダイヤモンド社. 2017年8月29日閲覧。




関連項目



  • 上陸戦

  • 海兵空地任務部隊




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