菅義偉


























































































日本の旗 日本の政治家
菅 義偉
すが よしひで


Yoshihide Suga-1.jpg

生年月日
(1948-12-06) 1948年12月6日(70歳)
出生地
日本の旗 日本 秋田県雄勝郡雄勝町(現:湯沢市)
出身校
法政大学法学部政治学科卒業
前職
段ボール工場作業員
建電設備株式会社社員
衆議院議員小此木彦三郎秘書
横浜市会議員
現職
衆議院議員
内閣官房長官
沖縄基地負担軽減担当大臣
拉致問題担当大臣
所属政党
自由民主党(小渕派→古賀派→無派閥)
称号
法学士(法政大学・1973年)
配偶者
一般女性
公式サイト
すが義偉




日本の旗 第81·82·83代 内閣官房長官

内閣
第2次安倍内閣
第2次安倍改造内閣
第3次安倍内閣
第3次安倍第1次改造内閣
第3次安倍第2次改造内閣
第3次安倍第3次改造内閣
第4次安倍内閣
第4次安倍改造内閣
在任期間
2012年12月26日 - 現職




日本の旗 第7代 総務大臣
内閣府特命担当大臣(地方分権改革)

内閣
第1次安倍内閣
在任期間
2006年9月26日 - 2007年8月27日




日本の旗 衆議院議員

選挙区
神奈川2区
当選回数
8回
在任期間
1996年10月21日 - 現職



横浜市の旗 横浜市会議員

選挙区
西区選挙区
当選回数
2回
在任期間
1987年 - 1995年
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菅 義偉(すが よしひで、1948年12月6日 - )は、日本の政治家である。自由民主党所属の衆議院議員(8期)であり、内閣官房長官(第81代・第82代・第83代)、沖縄基地負担軽減担当大臣、拉致問題担当大臣である。


横浜市会議員(2期)、総務副大臣(第3次小泉改革内閣)、総務大臣(第7代)、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)、郵政民営化担当大臣(第3代)、自民党幹事長代行(第2代)などを歴任した。




目次






  • 1 生い立ち


  • 2 市議会議員


  • 3 衆議院議員


    • 3.1 経歴


    • 3.2 総務副大臣


    • 3.3 総務大臣


    • 3.4 官房長官




  • 4 政策


  • 5 人物


    • 5.1 評価


    • 5.2 エピソード


    • 5.3 交友関係


    • 5.4 性格




  • 6 政治資金


    • 6.1 所有ビルの事務所費


    • 6.2 総務大臣在任時の政治資金パーティー


    • 6.3 白紙領収書への後日金額記入




  • 7 所属団体・議員連盟


  • 8 著書


  • 9 論文


  • 10 脚注


    • 10.1 注釈


    • 10.2 出典




  • 11 外部リンク





生い立ち


秋田県雄勝郡秋ノ宮村(後の雄勝町、現:湯沢市秋ノ宮)中央部旧国道沿いに家があった農家に長男として生まれる[1]。家族は父、母、姉2人、弟1人。父・菅和三郎は、満鉄職員として当時満州国の首都だった通化市で日本の降伏を迎えた。引き揚げ後、郷里秋ノ宮で農耕に従事。「秋の宮いちご」のブランド化に成功して、秋の宮いちご生産出荷組合組合長や、雄勝町議会議員、湯沢市いちご生産集出荷組合組合長などを歴任し、2010年に93歳で死去した。母や叔父、叔母は元教員であり、2人の姉も高校教諭となった[2][3][4][5][6]


雄勝町立秋ノ宮小学校(現:湯沢市立雄勝小学校)卒業後、雄勝町立秋ノ宮中学校(現:湯沢市立雄勝中学校)に進学する。中学卒業後は、自宅から最も近い秋田県立湯沢高等学校に2時間かけて通学し、第3学年では進学組に所属した。後に、フライデーから「特に目立った成績ではなく、姉が進学した北海道教育大学を受験したが不合格となった」と報道されたが、森功の取材では菅本人は当時教員にだけはなりたくないと考えており、北海道教育大の受験はしていないと述べている。父から農業大学校への進学を勧められたが断り、高校卒業後、集団就職で上京する。「東京へ行けば何かが変わる」と夢を持ち上京したが、秋田時代と変わらぬ日々を板橋区の段ボール工場で過ごし、現実の厳しさを痛感する。上京から2年後、当時私立大学の中で一番学費が安かったという理由で法政大学法学部政治学科へ進学する[7][8]。1973年、法政大学法学部を卒業し、建電設備株式会社(現:株式会社ケーネス)に入社した。



市議会議員


1975年、政治家を志して相談した法政大学就職課の伝で、OB会事務局長から法政大学出身の第57代衆議院議長中村梅吉秘書を紹介され、同じ派閥だった衆議院議員小此木彦三郎の秘書となる。以後11年にわたり秘書を務めた[9][要出典]。1983年、小此木の通商産業大臣就任に伴い大臣秘書官を務める[10]


1987年、横浜市会議員選挙に西区選挙区から出馬し、初当選。その後市議を2期務めた。横浜市政に大きな影響力を持っていた小此木の死後、当選回数わずか2回にも関わらず、小此木の事実上の代役として、秘書時代に培った政財官の人脈を活かして辣腕を振るい、高秀秀信市長から人事案などの相談を頻繁に受けるなど、「影の横浜市長」と呼ばれた[11]



衆議院議員







経歴


1996年の第41回衆議院議員総選挙に神奈川2区から自民党公認で出馬し、新進党公認・公明推薦の上田晃弘、旧民主党公認の新人大出彰らを破り、初当選した[12]


1998年の自由民主党総裁選挙では所属していた平成研究会会長の小渕恵三ではなく、師と仰ぐ梶山静六を支持し、同派閥を退会[13]。その後宏池会に入会した。2000年の第2次森内閣不信任決議をめぐる「加藤の乱」では、加藤紘一らに同調して不信任案の採決では欠席したが、その後の加藤派分裂では親加藤派の小里派(会長:小里貞利)ではなく、反加藤グループの堀内派(会長:堀内光雄)に参加した[13]





2006年9月19日、東京都渋谷区での自由民主党総裁選挙の応援演説にて参議院議員山本一太(左から1人目)、衆議院議員片山さつき(右から1人目)らと



総務副大臣


竹中平蔵総務大臣の下、総務副大臣(情報通信、郵政担当[14])として総務省内部統制のトップを任され、事実上人事権なども行使した[15]



総務大臣





インドネシア共和国大統領スシロ・バンバン・ユドヨノと






2006年10月、NHK短波ラジオ国際放送への放送命令に定義されている放送事項に、「拉致問題」という具体的な内容を加える方針を示した。日本の放送法33条には『国際放送等の実施の命令等』という項目があり、そこには「総務大臣は、協会に対し、放送区域、放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うべきことを命ずることができる」とある(2007年12月の放送法改正で「命令」から「要請」に変更された)。


11月10日には、放送事項に「北朝鮮による日本人拉致問題に特に留意すること」を追加する命令をNHKに出した[16]。一方で「報道の自由は守らなければならない。番組内容や放送回数を指示する訳ではない」とNHKに対して編集権の配慮も示した[16]。放送法44条には「編集権」に関して『放送番組の編集等』という項目があり、そこでは「NHKは、国際放送の放送番組の編集に当たっては、海外同胞に適切な慰安を与えるようにしなければならない」とある。また、当時海外から放送していた、短波放送『しおかぜ』に対して、無線局免許状を交付し、日本国内からの放送に道を開いた(放送局の免許は全て本省決裁で、免許者は総務大臣)。


2007年に発覚した年金記録問題では、厚生労働大臣の柳澤伯夫を差し置き、総務大臣の菅が検証を担当した[17]


日本郵政公社総裁の生田正治と会談後、生田から総裁辞任の申し出があったことを発表した。その後、後任の日本郵政公社総裁には、三井住友銀行出身の西川善文が就任することが発表された。なお、生田自身が政府に辞任を申し入れたことはない[18][19]


2006年、再チャレンジ支援議員連盟の立ち上げに参加。この議連は実質、ポスト小泉を選出する2006年自由民主党総裁選挙に、安倍晋三を擁立する原動力になった[要出典]。結果[要出典]、総裁選で安倍は勝利する。同年9月に発足した第1次安倍内閣では当選わずか4回で総務大臣(郵政民営化担当大臣を兼務)に任命され、初入閣する。同年12月、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)の補職辞令を受けた。


2007年、第21回参議院議員通常選挙敗北を受けた内閣改造では、安倍は菅の内閣官房長官(次善案として内閣官房副長官)起用を模索した[要出典]が、直前に菅に事務所費問題が発覚し実現せず、自民党選挙対策総局長に就任した。菅は就任早々「私の仕事は首を切ること」と発言し、候補者の大幅な調整を示唆した[要出典]


同年9月、安倍の首相退陣に伴い行われた2007年自由民主党総裁選挙では福田康夫を支持する宏池会の方針に反して麻生太郎を支持し、推薦人にも名前を連ねた。福田政権の下で、選挙対策総局長を格上げした選挙対策委員長に古賀誠が就任すると、古賀に手腕を買われ、同副委員長として引続き衆院選対策にあたることになった。古賀の配慮で選対総局長時代の部屋を選挙対策副委員長室として引き続き使用した[要出典]


麻生内閣発足後は麻生の側近として低支持率にあえぐ政権を支え、中川秀直や塩崎恭久ら党内の反麻生派を硬軟取り混ぜた様々な手段で抑えた[要出典]。また、積極的な政策提言を行い、政府紙幣や無利子国債発行、世襲制限を唱えた[要出典]


2009年7月、古賀が東京都議会議員選挙敗北の責任を取る形で辞任。麻生の解散予告後だったこともあり、選対委員長代理として総選挙を取り仕切ることになる[要出典]


同年8月の第45回衆議院議員総選挙では、神奈川2区で民主党の三村和也の猛追を受けるも548票の僅差で三村を破り、5選(三村は比例復活。)。2009年自由民主党総裁選挙において、96年当選同期の大村や新藤義孝・松本純と共に河野太郎の推薦人になるとともに、宏池会を退会した[20]


2010年、自民党国会対策副委員長及び広報本部長代理に就任。2011年、自民党組織運動本部長に就任。


2012年4月、郵政民営化法改正案の採決で、賛成する党の方針に反して反対した[21]


同年9月、盟友関係にある安倍晋三の自由民主党総裁就任に伴い、自民党幹事長代行に起用された。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、三村を比例復活も許さずに破り6選。



官房長官




2013年2月4日撮影





アメリカ合衆国通商代表マイケル・フロマンと


2012年12月、第2次安倍内閣の発足に伴い、内閣官房長官に任命される。


2013年、郵政民営化の考えにそぐわないとして、日本郵政社長坂篤郎を就任わずか6か月で退任させ、顧問職からも解任した。同年に発生したアルジェリア人質事件では、防衛省の反対を押し切り、前例のない日本国政府専用機の派遣を行った[22][23]


2014年5月、内閣人事局の局長人事を主導し、局長に内定していた杉田和博に代わり加藤勝信を任命したとされる[24]。元内閣参事官の高橋洋一によると、局長人事を機に官僚を統制下に置き「歴代官房長官の中でも屈指の情報収集能力」を持つようになったという[24]。同年7月、自らが出演したNHK『クローズアップ現代』の放送内容について、放送後のNHKに官邸を通じて間接的に圧力をかけたと報じられたが、事実や関与を否定した[25]。さらに、同年11月には衆議院解散による第47回衆議院議員総選挙執行を安倍に進言した[26]


2016年7月7日、内閣官房長官の在職期間が1,290日となり、歴代1位の在職日数を記録した[27]



政策




  • 憲法改正に賛成[28]


  • 集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を見直すことに賛成[28]


  • 日本の核武装について検討すべきでないとしている[28]


  • 原子力規制委員会の新基準を満たした原発は再開すべきとしている[28]


  • 女性宮家の創設に反対[28]

  • 2002年に選択的夫婦別姓制度の導入を求める請願を出している[29]。一方、2014年のアンケートでは、選択的夫婦別姓制度導入に反対、としている[30]

  • 「私は農家の長男だが地方では農業が衰退しており集約化が必要だ。都市農業は相続税など税制で支援すべき。日本は資源のない島国。雇用をつくるのが政治家の仕事だ」として日本のTPP参加に賛成[31]



人物



評価


  • 2014年の産経新聞社とFNNの合同世論調査によると、「第2次安倍晋三内閣で最も評価する閣僚」の1位となった[32](2位は安倍晋三[注 1])。


エピソード



  • 「安倍が最も信頼する側近の1人」とされ[33]、第1次安倍内閣が閣僚のスキャンダルや問題発言などで混乱する中、存在感を増していった[34]。地方分権改革推進法など19本の法案を成立させるとともに、ふるさと納税の提唱や、年金記録問題における省内委員会の設置を行うなど、閣僚のスキャンダルが続出した第1次安倍内閣にあって安定した存在感を発揮した。2012年(平成24年)の自由民主党総裁選挙に際しては早くから安倍擁立に動き、第2次安倍内閣では念願だった内閣官房長官に抜擢された[35][36]

  • 菅の先輩に当たる平沼赳夫が自民党に復党した際に、平沼の安保法案に関する賛同について評価した上で「自民党としてさまざまな問題の中で判断され、復党が認められたと思う」と述べた[37]

  • 地元の事務所の車のナンバーは548。これは、自民党に大逆風が吹いた2009年の総選挙の際に2位に548票差まで迫られ辛勝したことから、選挙の厳しさを忘れないため[38]


  • 官房長官会見ではその落ち着いた様子から、「鉄壁のガースー」という愛称もある。ただし、学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設計画をめぐる問題では「異常なほどに熱くなり、冷静さを欠いた」と産経新聞に批判された[39][40][41]



交友関係



  • 師と仰いだ梶山静六から「官僚は自分たちの考えがあり、政治家に説明するとき、必ずそれを入れてくる。おまえなんかすぐに騙される」と言われたことから、幅広い分野の有識者と交友関係を持って情報を収集するように務めているとされる[42]。第2次安倍内閣で内閣官房長官に就任した際には、梶山の墓前にも就任を報告した[35]


  • 総務副大臣時代に総務大臣だった竹中平蔵と頻繁に意見交換を行う。竹中が株価を上げるため年金積立金管理運用独立行政法人を利用することを提案すると、菅は厚生労働省の反対を押し切って即座に有識者会議を設置した。竹中によると、2020年東京オリンピック構想なども菅の主導によるものではないかという[43]


  • サントリーホールディングス社長の新浪剛史と交友があり、沖縄政策のため、沖縄でのテーマパーク展開を検討していたユニバーサル・スタジオ・ジャパン運営会社社長グレン・ガンペルを、新浪から紹介された[44]


  • 農業協同組合改革の際は、フューチャーアーキテクト会長兼社長の金丸恭文から意見を聞いた[45]


  • ヘッジファンド・サード・ポイント最高経営責任者のダニエル・ローブと面会し、アベノミクスに関して意見交換を行った[46]


  • 駐日アメリカ合衆国大使を2013年から4年間務めたキャロライン・ケネディとは毎月会食を行っていた[47]


  • 大韓民国大統領府秘書室長李丙琪とは、李が駐日大韓民国大使を務めていた時代から関係を作り、大使離任後も電話で会談を行う[48]



性格




  • 平沢勝栄によると、菅は自ら表に出ることは少なく、人と話すときもあまり喋らずに聞き役に徹するタイプであるという。高校の同級生だった元十文字町町長の小川健吉も、父・菅和三郎とは異なり、菅はあまり目立たない生徒で、自分の殻に閉じこもっているような印象を持っていたとする。また菅自身、自らを地味で真面目な性格で、特にパフォーマンスが苦手だという[49][50]


  • 2016年4月1日の定例記者会見において、エイプリルフールに因んだ冗談はあったのかと記者に問われた際、「私は非常に堅物で、ユーモアのない、一つ一つ着実な発言ばかり」であるとした上で、官房長官の立場もあり嘘や冗談は控えていると答えている[51][52]



政治資金



所有ビルの事務所費


菅が代表を務める自民党支部と後援会が、いずれも菅本人の所有ビルに「主たる事務所」を置き、2005年分の政治資金収支報告書に計約1956万円の事務所費を計上していたことが、2007年に報じられている[53][54]。塩田潮によると、この報道により、第1次安倍内閣での官房長官就任が見送られたとされている[55]



総務大臣在任時の政治資金パーティー


第1次安倍内閣の総務大臣任期中に開催したパーティによる収入約3180万円が、政治資金収支報告書に記載されていることが報じられている[56][注 2]
菅が代表を務める政党支部が、農林水産省の補助金の交付決定を受けた横浜市南区の造園会社から2011年~2013年に計29万円の献金を受けていたことが明らかになったことが報じられている[57][注 3]
また、同支部は2014年の衆院選公示直前、国の公共工事を受注していた横浜市の業者から15万円の献金を受けていたと報じられた。[58]



白紙領収書への後日金額記入


他の国会議員の政治資金パーティーに参加した際の費用の領収書を白紙でもらい、事務所で金額を記入していた。その理由について、「パーティー主催者の了解のもと、実際の日付、宛先、金額を正確に記載した」とし、「数百人規模の出席者全員の宛先と金額を書いてもらうと、受け付けが混乱する」と述べている。


政治資金規正法を所管する高市早苗総務相は「領収書作成方法の規定はない。主催者から了解を得ていれば法律上の問題は生じない」との見解を示している[59]。総務省の手引では受領者側が領収書に追記するのは不適当とされている[60]


2016年10月11日、自民党は党所属の全ての国会議員に対し、領収書を出す際には金額など必要事項を事前に記載するよう、通達をおこなった[61][62]



所属団体・議員連盟




  • 創生「日本」(副会長)


  • 日本会議国会議員懇談会(副会長)


  • 再チャレンジ支援議員連盟(幹事長)

  • 平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会

  • 神道政治連盟国会議員懇談会

  • 日韓議員連盟

  • 対北朝鮮外交カードを考える会

  • NASAの会


  • きさらぎ会(顧問)



著書


  • 『政治家の覚悟 官僚を動かせ』(文藝春秋企画出版部、2012年3月12日、ISBN 978-4160087422)


論文



  • CiNii収録論文 国立情報学研究所


脚注


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注釈





  1. ^ 産経ニュースは安倍が2位となったことについて、"「最も評価する閣僚は」と質問したためか"としている[32]


  2. ^ 大臣規範では、大規模な政治資金パーティを自粛すると定めている[56]


  3. ^ 政治資金規正法は、国から補助金交付決定の通知を受けた企業に対し、その後1年間は政党(支部を含む)や資金管理団体への政治献金を禁じている[57]




出典





  1. ^ 官房長官に菅氏(湯沢市出身)就任 第2次安倍内閣 秋田魁新報 2012年12月26日[リンク切れ]


  2. ^ 「安倍官邸を操縦する男の知られざる66年――最強の官房長官・菅義偉の虚像と実像」写真週刊誌『フライデー』2015年1月30日号


  3. ^ 塩田潮「菅 義偉・官房長官の叩き上げ人生録【1】」PRESIDENT 2014年4月14日号


  4. ^ (ジャーナリスト)山崎柊「菅義偉官房長官「政権の黒幕」研究」文藝春秋2013年7月号


  5. ^ 菅和三郎氏死去 菅義偉元総務相の父 47NEWS 2010年6月28日


  6. ^ 菅義偉氏 北海道教育大受験の事実はなく逃げるように上京 SAPIO 2015年10月号


  7. ^ 田崎史郎『安倍官邸の正体』(講談社現代新書)P168 同書に「法政大学夜間部卒という噂があるが、これは間違いだ」との記述がある。また、松田賢弥「影の権力者 内閣官房長官菅義偉」(講談社+α文庫)p97にも、菅本人の発言として、昼(1部)に入学し卒業したと紹介している。


  8. ^ 菅義偉氏 北海道教育大受験の事実はなく逃げるように上京 SAPIO 2015年10月号


  9. ^ 「安倍官邸を操縦する男の知られざる66年――最強の官房長官・菅義偉の虚像と実像」『フライデー』2015年1月30日号


  10. ^ 菅義偉(すが よしひで) 時事ドットコム


  11. ^ 「安倍官邸を操縦する男の知られざる66年――最強の官房長官・菅義偉の虚像と実像」『フライデー』2015年1月30日号


  12. ^ 「菅義偉・新官房長官:安倍政権誕生に尽力、議員秘書出身の苦労人 (1) 」 『ブルームバーグニュース』 2012年12月26日 2014年5月20日閲覧。

  13. ^ ab“内閣官房長官 菅 義偉 -敗北で鍛えられた胆力と判断力”. プレジデントオンライン. (2013年3月15日). http://president.jp/articles/-/8822 2014年1月13日閲覧。 


  14. ^ 総務省 副大臣記者会見 平成17年11月2日


  15. ^ 塩田潮「菅 義偉・官房長官の叩き上げ人生録【2】」PRESIDENT 2014年4月14日号

  16. ^ ab“総務大臣が「拉致問題」で NHK国際放送に「命令放送」”. NHK放送文化研究所. 2017年7月22日閲覧。


  17. ^ 「官房長官の実像」日本経済新聞2015/04/26第4面


  18. ^ “菅義偉総務相が演じた生田正治総裁退任の「茶番劇」”. FACTA (2007年4月). 2009年7月4日閲覧。


  19. ^ “2007参院選 改革はどこへ〈2〉特定局の力 一転温存”. 北海道新聞 (2007年7月19日). 2009年7月4日閲覧。


  20. ^ 菅選対副委員長、古賀派を退会…河野氏支援へ 読売新聞 2009年9月16日


  21. ^ 郵政改正案が衆院通過、自民・菅義偉氏と小泉進次郎氏ら造反/神奈川 神奈川新聞 2012年4月13日


  22. ^ 「安倍官邸を操縦する男の知られざる66年――最強の官房長官・菅義偉の虚像と実像」『フライデー』2015年1月30日号


  23. ^ 塩田潮「菅 義偉・官房長官の叩き上げ人生録【1】」 PRESIDENT 2014年4月14日号

  24. ^ ab“財務官僚が怯える7月人事 増税でミスリードした幹部 官邸の胸三寸で…”. ZAKZAK (夕刊フジ). (2015年5月8日). http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150508/dms1505080830008-n1.htm 2015年5月9日閲覧。 


  25. ^ 「NHK『クローズアップ現代』を首相官邸が叱責」フライデー報道 菅官房長官は否定


  26. ^ 「官房長官の実像」日本経済新聞2015/04/26第4面


  27. ^ 菅官房長官が在職1290日、歴代1位に 福田康夫氏抜く 日本経済新聞 2016年7月7日

  28. ^ abcde“2012衆院選 神奈川2区 菅義偉”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A14002001001 2014年4月20日閲覧。 


  29. ^ 第154回国会 - 衆議院 - 法務委員会 - 20号 平成14年07月30日


  30. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。


  31. ^ TPPめぐる攻防激化、県内議員は民自とも賛否交錯/神奈川 神奈川新聞 2011年10月30日]

  32. ^ ab“人気トップは菅長官 首相を抜く”. 産経ニュース (産経新聞社). (2014年5月19日). http://www.sankei.com/politics/news/140519/plt1405190008-n1.html 2017年7月25日閲覧。 


  33. ^ 飾らずに裏方に徹する 総務 菅 義偉 読売新聞 2006年9月27日


  34. ^ “安倍晋三の「影の官房長官」菅義偉総務相”. NIKKEINET (2007年3月2日). 2009年7月2日閲覧。[リンク切れ]

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  38. ^ “【激闘10・22衆院選】枝野氏、まさかの大接戦 選挙プランナーらが分析 首都圏全46区「当落リスト」”. 夕刊フジ. (2017年10月14日). http://www.zakzak.co.jp/soc/news/171014/soc1710140002-n2.html 2017年10月19日閲覧。 


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  40. ^ “冷静さ欠いた菅義偉官房長官 前川喜平前文部次官を「許せない!」 個人攻撃で問題こじれた”. 産経新聞. (2017年6月18日). http://www.sankei.com/politics/news/170618/plt1706180030-n1.html 2017年9月30日閲覧。 


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外部リンク







  • すが義偉

  • 菅義偉 公式ブログ


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  • 2002/11/14衆議院決算委員会議事録(NHKスペシャル「奇跡の詩人」が放送法違反なのではないかという、菅によるNHK専務理事・板谷駿一への質問)


  • 「安定のガースー、知っている」菅氏、ネット上の呼称に - 朝日新聞デジタル/Yahoo!ニュース(8/14(月) 23:43配信・2017年8月17日閲覧)[リンク切れ]

  • 菅 義偉オフィシャルブログ



































公職
先代:
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現職
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次代:
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先代:
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初代:2006年 - 2007年
次代:
増田寛也
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山崎力と共同
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党職
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次代:
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先代:
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第2代:2007年
次代:
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