影なき狙撃者 (映画)
影なき狙撃者 | |
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The Manchurian Candidate | |
監督 | ジョン・フランケンハイマー |
脚本 | ジョージ・アクセルロッド |
原作 | リチャード・コンドン |
製作 | ジョージ・アクセルロッド ジョン・フランケンハイマー |
製作総指揮 | ハワード・コッチ |
ナレーター | ポール・フリーズ |
音楽 | デヴィッド・アムラム |
撮影 | ライオネル・リンドン |
編集 | フェリス・ウェブスター |
製作会社 | M.C. Productions |
配給 | ユナイテッド・アーティスツ |
公開 | 1962年10月24日 1963年2月9日 |
上映時間 | 126分 |
製作国 | アメリカ合衆国 |
言語 | 英語 |
製作費 | $2,200,000[1] |
『影なき狙撃者』(かげなきそげきしゃ、原題: The Manchurian Candidate)は、1962年のアメリカ合衆国のサイコスリラー映画。監督はジョン・フランケンハイマー、出演はフランク・シナトラ、ローレンス・ハーヴェイ、ジャネット・リーなど。原作は、1959年に発表されたリチャード・コンドンの同名小説であり、ジョージ・アクセルロッドが映画用に脚色した。
朝鮮戦争の米軍の英雄(ハーヴェイ)が、実は東側の手で暗殺者に洗脳されており、無意識下で殺人を重ね、大統領候補まで標的にするが、それを元上官(シナトラ)が食い止めようとするという、東西冷戦を背景にした政治サスペンス映画。キューバ危機の最中に公開された[2]。1988年のリバイバル上映時には『失われた時を求めて』に改題された[3][4]。
2004年、『クライシス・オブ・アメリカ』のタイトルでリメイクされた。
目次
1 ストーリー
2 キャスト
3 評価
4 出典
5 外部リンク
ストーリー
ベネット・マーコ大尉(フランク・シナトラ)率いるアメリカの小隊は朝鮮戦争で中国人民志願軍の捕虜になる。部隊を救ったレイモンド・ショー2等軍曹(ローレンス・ハーヴェイ)は帰国後、英雄として称えられた。しかし、捕虜にされている間に小隊は中朝連合軍を後援するソ連軍のジルコフ(アルバート・ポールセン)らによる洗脳の実験台とされ、レイモンドはトランプでソリティアをするように促され、クイーンのカードを見ると言いなりになるように洗脳されていた。
レイモンドの母親、アイスリン夫人(アンジェラ・ランズベリー)は彼女の再婚相手のアイスリン上院議員(ジェームズ・グレゴリー)を次期大統領にするべく画策していた。レイモンドは出征前、アイスリン議員と対立するジョーダン議員(ジョン・マクギバー)の娘のジョスリン(レスリー・パリッシュ)と恋に落ちたが、アイスリン夫人に仲を引き裂かれていた。二人は再会後、結婚する。しかし、アイスリン夫人はレイモンドにソリティアを勧め、催眠状態になったレイモンドに政敵のジョーダン議員を暗殺するように命令する。ジョーダン議員を射殺したレイモンドは無意識のまま、その場に居合わせた新婦のジョスリンをも殺害する。
レイモンドや戦友の行動を不審に感じたマーコは、恋人のユジェニー・ローズ(ジャネット・リー)の助けも借りて、レイモンドが洗脳にかかっていることを突き止める。マーコから真実を告げられ、洗脳が解けたレイモンドは自分の母親から殺人を命令されていたことを知る。レイモンドの洗脳が解けたことを知らないアイスリン夫人は、レイモンドにクイーンを見せ、副大統領候補に選ばれた夫が大統領候補に繰り上がるよう、党大会で次期大統領候補を暗殺するように命令する。当日、レイモンドは大統領候補の代わりに、アイスリン上院議員とアイスリン夫人を撃ち抜く。その直後にレイモンドは自殺し、映画は幕を閉じる。
キャスト
※括弧内は日本語吹替(初回放送1969年5月25日『日曜洋画劇場』)
- ベネット・マーコ: フランク・シナトラ(家弓家正)
- レイモンド・ショー: ローレンス・ハーヴェイ(広川太一郎)
- アイスリン夫人: アンジェラ・ランズベリー(関弘子)
- ユジェニー・ローズ: ジャネット・リー(小原乃梨子)
- アイスリン上院議員: ジェームズ・グレゴリー(早野寿郎)
- チャンジン: ヘンリー・シルヴァ(伊藤克)
- ジョスリン・ジョーダン: レスリー・パリッシュ(鈴木弘子)
- ジョーダン上院議員: ジョン・マッギーヴァー
- ジルコフ: アルバート・ポールセン
評価
公開当時はジャーナリストのエドワード・ハンターらによって朝鮮戦争での中国共産党の洗脳は米国内で広く認知されていたが[5]、左派を攻撃していた保守派が実は共産党のスパイであるという荒唐無稽な設定から酷評された[6]。しかし、翌年にはケネディ大統領暗殺事件が起き[2]、時代を先取りしたとも言われた[3]。
1993年、アメリカ国立フィルム登録簿に登録された[7]。
出典
^ “The Manchurian Candidate (1962) - Box office / business” (英語). IMDb. 2012年7月19日閲覧。
- ^ ab“【43】米大統領選挙と「満洲の候補者」”. 日刊ベリタ (2008年3月3日). 2012年7月17日閲覧。
- ^ ab“「アンナ・カレニナ」「ディア・ハンター」 米の名作映画10本を上映”. 読売新聞. (1988年11月14日)
^ “[VIDEO]「失われた時を求めて」ほか”. 読売新聞. (1989年7月22日)
^ Hunter, Edward. “Communist psychological warfare”,COMMITTEE ON UN-AMERICAN ACTIVITIES
HOUSE OF REPRESENTATIVES, EIGHTY-FIFTH CONGRESS
SECOND SESSION,MARCH 13, 1958.
^ “[スクリーン]影なき狙撃者・怪奇なスパイ・スリラー”. 読売新聞. (1963年2月25日)
^ “The Manchurian Candidate” (英語). AllRovi. 2011年7月1日閲覧。
外部リンク
影なき狙撃者 - allcinema
影なき狙撃者 - KINENOTE
The Manchurian Candidate - オールムービー(英語)
The Manchurian Candidate - インターネット・ムービー・データベース(英語)
The Manchurian Candidate - TCM Movie Database(英語)
The Manchurian Candidate - Rotten Tomatoes(英語)
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