落合斎場
落合斎場(おちあいさいじょう)は東京都新宿区にある民間経営の火葬場・斎場である。
目次
1 概要
2 通夜・告別式
3 建物内
4 葬儀・火葬が行われた有名人
4.1 火葬が行われた皇族
4.2 葬儀と火葬の両方が行われた有名人
4.3 火葬のみ行われた有名人
5 所在地
6 最寄駅
7 関連項目
8 外部リンク
概要
東京都に6つの斎場を有する東京博善株式会社(廣済堂グループ)が経営している。
当斎場は公道を挟んで火葬棟と式場棟(別館)にわかれている。
以前は、早稲田通り沿いの中野区上高田1丁目にある浄土真宗正見寺の東端付近からも煙突が見えた。しかし、平成以降建物の老朽化が著しくなり、2000年(平成12年)6月、6箇所の斎場の中で最後に火葬棟が改築され、現在は煙突もなくなり重厚な近代的な建物となっている。
通夜・告別式
- 通夜は原則的に一斉に午後6時開式、午後7時閉式となっている。告別式は他の部屋、または外来(自宅葬やホール葬など)や、葬儀を行わない「直葬」の葬家と火葬の予約時間が重ならないよう、時間差で執り行われる。
- 式場棟からの出棺の場合、棺を一度霊柩車に乗せ(希望により喪主も同乗可)、火葬棟へ移動する。他の斎場では斎場職員が台車を使って式場から火葬場へ移動させるため自動車の必要はないが、当斎場では傾斜地であることと、式場棟と火葬棟との間に公道が挟まれている関係で台車移動は行われておらず霊柩車移動が必要になる(参列者は徒歩で移動)。
建物内
- 火葬炉:10基(最上等6基・特別室2基・特別殯館2基)
- 休憩室:11室
- 式場:4室
- 控室:4室
- コーヒーコーナー:1か所
- 売店:3か所
葬儀・火葬が行われた有名人
落合斎場は「特別殯館」と呼ばれる区画が設けられている東京博善の斎場のひとつである。このため、高松宮殿下薨去以降は第2次世界大戦後火葬とされた一般皇族の葬儀後火葬を行う場所として位置づけられている。神道では死は「穢れ」であり、火葬後遺骨が即日豊島岡墓地に設営された墓に納められる。
火葬が行われた皇族
| 名 | 火葬 | 続柄 | 墓 |
|---|---|---|---|
高松宮宣仁親王 | 1987年(昭和62年)2月10日 | 1/大正天皇第3皇子 | 豊島岡墓地 |
高円宮憲仁親王 | 2002年(平成14年)11月29日 | 三笠宮崇仁親王第3男子 | 豊島岡墓地 |
宣仁親王妃喜久子 | 2004年(平成16年)12月26日 | 高松宮宣仁親王妃 | 豊島岡墓地 |
寬仁親王 | 2012年(平成24年)6月14日 | 三笠宮崇仁親王第1男子 | 豊島岡墓地 |
桂宮宜仁親王 | 2014年(平成26年)6月17日 | 三笠宮崇仁親王第2男子 | 豊島岡墓地 |
三笠宮崇仁親王 | 2016年(平成28年)11月4日 | 1/大正天皇第4皇子 | 豊島岡墓地 |
葬儀と火葬の両方が行われた有名人
- 夏目漱石
- 仲根正広
- 坂本新兵
- 陸井三郎
- はせさん治
- 青山哲也
- 有馬元治
- 大滝秀治
- 荻島正己
火葬のみ行われた有名人
- 中江兆民
- 中田重治
- 林芙美子
- 芥川隆行
- 尾崎豊
- 逸見政孝
- 淀川長治
- 東けんじ
- 三木のり平
- 古今亭志ん朝
- 江戸家猫八
- 南原宏治
- 旭輝子
- 伊藤俊人
- 名古屋章
- 10代目桂文治
- 根上淳
- 久世光彦
- 中島忠幸
- 赤塚不二夫
- 緒形拳
- 三沢光晴
- 玉川善治
- 影山日出夫
- 花田勝治
- ジョルジュ・ネラン
- 児玉清
- 18代目 中村勘三郎
- 船村徹
所在地
- 〒161-0034 東京都新宿区上落合三丁目34番12号
最寄駅
東京メトロ東西線落合駅から徒歩で5分
都営地下鉄大江戸線中井駅から徒歩で8分
西武新宿線中井駅から徒歩で13分
関連項目
- 桐ヶ谷斎場
- 堀ノ内斎場
- 町屋斎場
- 四ツ木斎場
- 代々幡斎場
- 臨海斎場
外部リンク
- 東京博善・落合斎場
- 厚生労働省 全国火葬場データベース
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座標: 北緯35度42分41秒 東経139度40分52.1秒