ボルドー液





ボルドー液を散布したブドウの葉

ボルドー液を散布したブドウの葉


ボルドー液(ボルドーえき、仏: Bouillie bordelaise)とは、殺菌剤として使われる硫酸銅と消石灰の混合溶液[1]。塩基性硫酸銅カルシウムを主成分とする農薬で、果樹や野菜などの幅広い作物で使用されている[2]。1L当たりの硫酸銅、生石灰のグラム数に基づき、“4-4式ボルドー”や“6-6式ボルドー”のように表記する場合もある[3]


また、ボルドー液は農林水産省が告示する『有機農産物の日本農林規格』の「別表2」で指定されており、有機農法での利用が可能である[4][5]




目次






  • 1 概要


  • 2 効用


    • 2.1 殺菌効果


    • 2.2 細菌の侵入防止効果


    • 2.3 植物の活性化・抵抗性向上効果


    • 2.4 害虫防除効果




  • 3 歴史


  • 4 調製


  • 5 危険性


  • 6 脚注


  • 7 参考文献


  • 8 関連項目





概要



19世紀初頭のボルドー液の広告

19世紀初頭のボルドー液の広告


ボルドー液は100年以上の歴史を持つ伝統的な薬剤であるが、広範囲の病害に対する優れた予防効果と残効性を持ち、しかも安価である事などから現代でも農業において欠かすことの出来ない存在である[6]


全登録農薬を網羅した農山漁村文化協会刊行の『農薬・防除便覧』には、塩基性硫酸銅の水和剤として、井上石灰工業のICボルドー66D、ICボルドー48Q、ICボルドー412の3種類と、日本農薬のフジドーフロアブル、Zボルドーの2種類が掲載されている[7]。なお、商品名に“ボルドー”を含む農薬は他にも数多く存在するが、「硫酸銅と生石灰との混合溶液」というボルドー液の本来の定義に沿えば、(フジドーフロアブル、Zボルドーも含めて)ボルドー液には当たらない物が殆どである。



効用



殺菌効果


ボルドー液の殺菌効果は、銅イオンがスルフヒドリル酵素を酸化する事によるチオール(SH)阻害であり、病原糸状菌のみならず病原細菌にも有効である[8]。また、耐性菌が生まれる心配も無いとされ、効果が安定している[8]。チャ白星病や、水稲いもち病など、長年ボルドー液が唯一の特効薬とされてきた病気も少なくなかった[9][10]



細菌の侵入防止効果


ボルドー液はその優れた残効性から、葉や果実の表面を覆い植物の内部への病原菌などの侵入を防止する効果も有している[11]



植物の活性化・抵抗性向上効果


こうした細菌等に対する効果の他にも、銅イオンがエチレン受容体に配位されることで植物ホルモンの一種であるエチレンが機能することから[12]、植物そのものを活性化する作用もあるとされる。また、銅にはエリシターとしてファイトアレキシンを誘導する効果、つまり植物の免疫機構を活性化する効果も認められている[13]



害虫防除効果


更に、ナメクジやカタツムリなどは銅イオンを忌避する事が研究で明らかになっており[14]、これらの防除効果も期待できる。



歴史



  • 1882年 ボルドー大学の植物学教授であったミラルデがメドック地方の葡萄園で、盗難対策に硫酸銅と石灰を混ぜた溶液を散布した街道沿いのブドウには当時流行していたべと病の被害がない事を発見する[15]

  • 1883年から1884年 ミラルデが硫酸銅や石灰などを様々な配合でブドウに集中散布する実験を行う[16]

  • 1885年 ミラルデが『農業実践ジャーナル』にウリッセ・ガイオン(フランス語版)と共著で「石灰と硫酸銅の混合液によるべと病の治療」と題した論文を掲載[17]

  • 1892年 小島銀吉が『実用教育農業全書』の第9編として「作物病害編」を出版[18]。その中で、日本で初めてボルドー液が紹介される[19]

  • 1893年 スイスの植物学者、カール・ネーゲリが銅の殺菌作用を発見する[20]

  • 1897年 茨城県の葡萄園で、日本で初めてボルドー液が使用される[21]

  • 1985年 フランスのボルドー市で「ボルドー液100年祭」が開催される[22]



調製


一般的な調製方法の例として、大阪府環境農林水産部農政室推進課病害虫防除グループによるボルドー液の調整法を以下に示す[23]



  • 生石灰を消化し、10 - 20%の水で乳化する。

  • 硫酸銅を砕いて、80 - 90%の水に溶かす。

  • 石灰乳を混ぜながら、硫酸銅を注いでいく。


このようにボルドー液は、使用する前に“庭先混合”と呼ばれる[24]煩雑な調整作業を必要とするが、ICボルドーのように事前に調整が完了しており、水で薄めるだけで使用できる商品も存在する[25]



危険性


ボルドー液に使われる硫酸銅は劇物に指定されているが、ボルドー液自体の安全性は高く、収穫物に残留するレベルの量では人間への危険性は低いと考えられる。ボルドー液のような無機銅農薬を使用した農産物は、日本農林規格(JAS)において「有機農産物」の表示が認められている[26]


ただし、硫酸銅は水棲生物(魚類、甲殻類、藻類)に強い毒性を有するため、ボルドー液が河川、湖沼、養殖池および海域などに飛散、流入しないよう注意が必要となる。


また、生石灰は水と発熱反応するため[27]、皮膚や眼に直接触れると汗や涙と反応して熱傷の原因になる恐れがある[28]。また、作物の種類や不適切な混用などによっては作物に汚損などの薬害を起こす場合もある[29]。そのため、ボルドー液の使用に際しては適切な装備と、適切な用法を心掛ける必要がある。



脚注





  1. ^ 松村 2006


  2. ^ 化学用語辞典編集委員会 1992, p. 81


  3. ^ 三重県農産物安全課


  4. ^ 農林水産省 2012, p. 1,7


  5. ^ 日本土壌協会 2010, p. 272-274


  6. ^ くぬ刀 1996, p. 35


  7. ^ 米山 2012, p. 菌8

  8. ^ ab安東 2002, p. 118


  9. ^ 高屋 1982, p. 110


  10. ^ 田代 2009, p. 26


  11. ^ 田盛 1966, p. 31


  12. ^ 吉田 2007, p. 1


  13. ^ 渡辺 2000, p. 6の10


  14. ^ 奥谷 1983


  15. ^ Ainsworth 1981, p. 111


  16. ^ Mehrotra 2013, p. 16


  17. ^ Millardet 1885


  18. ^ 小島 1892


  19. ^ 井上 2007, p. 81


  20. ^ 大澤 2010, p. 199


  21. ^ 大田 2014, p. 368


  22. ^ 細辻 1986, p. 516


  23. ^ 大阪府環境農林水産部農政室推進課病害虫防除グループ


  24. ^ 松中 2002, p. 11


  25. ^ 井上石灰工業


  26. ^ 「有機」表示のできる農薬 http://www.greenjapan.co.jp/yuki_hyoji_noyak.htm


  27. ^ 化学工学会SCE・Net編 2011, p. 180


  28. ^ 永美 2010


  29. ^ 濱地 1985




参考文献




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  • 井上石灰工業, 製品情報 ICボルドー, http://www.inoue-calcium.co.jp/products/icbordeaux.html 2014年9月5日閲覧。 


  • 井上博道; 増田欣也; 坂本清他 「ボルドー液散布リンゴ園土壌での銅の蓄積と存在形態」、『日本土壌肥料學雜誌』 (日本土壌肥料学会) 第78巻第1号81-83頁、2007年。ISSN 00290610。 


  • 大阪府環境農林水産部農政室推進課病害虫防除グループ, ボルドー液調製表, http://www.jppn.ne.jp/osaka/gijyutu/borudo/borudo.html 2014年9月5日閲覧。 


  • 大澤直 『図解入門 よくわかる最新「銅」の基本と仕組み』 秀和システム、2010年。ISBN 9784798026725。 


  • 大田博樹 「連載 日本の農薬産業技術史(2) ―農薬のルーツと歴史,過去・現在・未来―」、『植物防疫』 (日本植物防疫協会) 第68巻第6号368-371頁、2014年。ISSN 00374091。 


  • 奥谷禎一; 吉岡英二 「ナメクジは銅イオンを忌避する」、『関西病虫害研究会報』 (関西病虫害研究会)第25号1-3頁、1983年。ISSN 03871002。 


  • 化学工学会SCE・Net編 『熱とエネルギーを科学する』 東京電機大学出版局、2011年。ISBN 9784501419004。 


  • 化学用語辞典編集委員会、「ボルドー液」 『化学用語辞典』 技報堂出版、1992年、791頁。 


  • くぬ刀幸博; 寺井康夫 「ブドウにおけるボルドー液濃度の統一および低濃度化」、『山梨県果樹試験場研究報告』 (山梨県果樹試験場)第9号35-41頁、1996年。ISSN 03893588。 


  • 厚生労働省食品安全委員会添加物専門調査会 (PDF) 『添加物評価書 酢酸カルシウム及び酸化カルシウム』、2013年。http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002xvz6-att/2r9852000002xw1y.pdf2014年9月5日閲覧 


  • 小島銀吉 『作物病害編』 (第三版) 博文館〈実用教育農業全書〉、1892年 


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  • 松中昭一 『日本における農薬の歴史』 学会出版センター、2002年。ISBN 9784762229930。 


  • 松村明編、「ボルドー液」 『大辞林』 (第三版) 三省堂、2006年 


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  • 米山伸吾; 近岡一郎 『農薬・防除便覧』 農山漁村文化協会、2012年。ISBN 9784540081170。 


  • 渡辺和彦; 前川和正、「無機元素による全身獲得抵抗性誘導」 『土壌施肥編』2巻 農山漁村文化協会〈農業技術大系〉、2000年、6の8-6の14頁。 


  • Ainsworth, Geoffrey Clough (1981), Introduction to the History of Plant Pathology, Cambridge University Press, ISBN 9780521230322 


  • Mehrotra, R.; Ashok Aggarwal (2013), Fundamentals of Plant Pathology, Tata Mcgrawhill, ISBN 9781259029554 


  • Millardet, A.; Gayon U. (1885), “Traitement du mildiou par le mélange de sulphate de cuivre et de chaux”, Journal d'agriculture pratique (Librairie agricole de la Maison rustique) (49): 707-710 



関連項目


  • 植物病理学



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