オレンジアタッカーズ



































オレンジアタッカーズ
原語表記
オレンジアタッカーズ
ホームタウン
兵庫県神戸市
クラブカラー
オレンジ・黒
創設年
1982年(ダイエーとして)
廃部年
2000年
チーム所在地
兵庫県神戸市
体育館所在地
兵庫県神戸市
 表示 

オレンジアタッカーズ(オレンジアタッカーズ)は、兵庫県神戸市を本拠地に活動していた、女子バレーボールのプロチームである。獲得タイトル計11回。
なお、この項目では、前身チームである、ダイエーオレンジアタッカーズについても述べる。




目次






  • 1 来歴


    • 1.1 日本リーグからVリーグへ、念願の優勝


    • 1.2 ダイエー休部・プロチームへ


    • 1.3 オレンジの終焉、久光へ




  • 2 エピソード


  • 3 成績


    • 3.1 主な成績


    • 3.2 年度別成績




  • 4 かつて在籍していた選手


  • 5 脚注


  • 6 関連項目





来歴


1982年11月、日本の大手スーパー・ダイエーの社内レクリエーション活動の一環として女子バレーボールの実業団チーム「ダイエー女子バレーボール部・オレンジアタッカーズ」としてスタート。本拠地をダイエー本部のある神戸市においていた。


1983年4月、チーム始動。全日本実業団6人制優勝大会で優勝し、地域リーグ入り。翌1984年、第4回地域リーグ優勝。第16回実業団リーグで全勝優勝を飾り、最短で日本バレーボールリーグ昇格を果たす。1985~1986年の第19回日本リーグでいきなり準優勝と健闘したが、そのシーズン中の1986年1月24日の対日立戦で、フロー・ハイマン(元ロサンゼルス五輪アメリカ代表)が試合中に倒れ急死するというアクシデントにも見舞われた[1]。以後日本リーグ、黒鷲旗全日本選手権で着実に上位進出をするも、優勝までには至らなかった。



日本リーグからVリーグへ、念願の優勝


従来の日本リーグから1994/95シーズンにリニューアルした第1回Vリーグでは、リーグ途中に阪神淡路大震災の被害に遭う非常事態の中、「がんばろうKOBE」を合言葉に団結し、チームの悲願である優勝を勝ち取った。
念願だったチャンピオンの座を手中に収めて以降、Vリーグは1996年の黒鷲旗全日本選手権で優勝するなど、強豪チームとしての地位を確たるものとした。


この時期のダイエーは、エース山内美加を中心に、移籍で加入した吉原知子や坂本清美、斎藤真由美といった日本代表クラスの選手を抱える他、ミレーヤ・ルイス(キューバ)やポーラ・ワイショフ(アメリカ)といった世界のスター選手を助っ人選手として迎え、まさに「スター軍団」と呼ぶに相応しいチーム構成であった。この事も「ダイエー=強い」というイメージを植え付ける要因になっていたといえる。



ダイエー休部・プロチームへ


しかし、折からの不況でダイエー本体がダメージを受けており、これを理由に第4回Vリーグの最中であった1998年1月にチームの休部が発表された。
このリーグでは開幕から好調をキープしていた。そんな中での休部発表は、チームの勢いに水を差すのではないかという心配をよそに、休部報道後も勝ち星を連ね、最終的に2度目のリーグ優勝を果たす。「ダイエーとしての有終の美を」という選手の意思が生んだ結果であり、試合後、チームの旗を手に会場を駆け回る選手の姿はファンの感動を呼んだ。


Vリーグ優勝を果たしたチームは、試合直後の祝賀会での中内功ダイエー会長兼社長(当時)の提言により、新チームでの存続の道を探ることとなった。
当初目指していた独立採算型のプロチーム設立は断念したが、グループ会社のダイエーコミュニケーションズがチームを引き受ける事になり、1998年6月1日、日本バレー界初のプロチーム・オレンジアタッカーズが誕生した。


新生オレンジアタッカーズは積極的に広報活動を行い、選手たちもこれに積極的に参加した。一般向けファンクラブ設立やグッズ販売、イベント開催などは、当時としては珍しく、こうした面でもバレーファンから注目を浴びる事となった。
オレンジアタッカーズとして初めて迎えたVリーグ(第5回・1998/99年)は大村加奈子や高橋幸子といった若手がレギュラーに起用され、開幕5連勝と出だしは好調だったが、後半に突如大ブレーキ。10勝8敗と勝ち越しながら5位に終わる。直後の黒鷲旗では優勝し、2連覇を果たすが、この大会限りでヨーコ・ゼッターランドが引退。アリー・セリンジャー監督も退任し、更に吉原知子、斎藤真由美、佐々木みきといった中心選手も退部してチームは一気に窮地に追い込まれる。ここで中心になったのは、既にレギュラーとなっていた満永ひとみや大村加奈子をはじめとした若手選手(チーム名になぞらえ、一部では青みかんアタッカーズとも呼ばれていた[要出典])であった。


迎えた第6回Vリーグでは、チャンスを得た選手たちが力を発揮。前年と同じ10勝8敗の成績を挙げたが、またしても5位に終わった。しかし、初レギュラーとなった先野久美子がスパイク賞とベスト6を獲得する活躍を見せた他、同じく初レギュラーの鶴田桂子、関井陽子も活躍した。



オレンジの終焉、久光へ


しかし、クラブチームとしてのオレンジアタッカーズも経営的に厳しい状況が続いていた。そんな中、2000年5月の黒鷲旗を終えた直後に久光製薬とチームのスポンサード契約を結んだことが発表される。同時にチーム名を「久光製薬スプリングアタッカーズ」と変更。ダイエー時代から続く「オレンジアタッカーズ」の歴史に幕を下ろし、新たなチームとして始動することとなった(以降の来歴については久光製薬スプリングスを参照のこと)。



エピソード


  • 地元のサンテレビとの結びつきが強く、Vリーグ期間中に「オレンジアタッカーズアワー」として試合の録画中継を行っていた(1997年まで続く)。この模様は千葉テレビ等の一部他局でも放映された。

    • 当時、サンテレビはダイエー資本が強かったためであり、1989年-1993年と2001年には福岡市から当時のダイエーホークス主管試合も年20-30試合・サンテレビボックス席の時間に生中継したこともあった。

    • 球団スポンサーであるダイエーは試合(中継)前後のカウキャッチャー・ヒッチハイクとして企業CMを放送していた。しかし本編ではダイエー本体は提供せず、ダイエーとの取引関係がある企業(食品、生活用品メーカー他数社)が協賛についていた。




成績



主な成績


日本リーグ/Vリーグ


  • 優勝 2回(1994年度、1997年度)

  • 準優勝 2回(1985年度、1993年度)


黒鷲旗全日本選抜


  • 優勝 5回(1986年、1992年、1996年、1998年、1999年)

  • 準優勝 3回(1988年、1994年、1997年)



国民体育大会成年女子(6人制)


  • 優勝 3回(1985年、1987年、1988年)

  • 準優勝



年度別成績













































































































































































大会名
順位
参加チーム数
試合数


勝率
実業団リーグ
第16回 (1984/85) 優勝 8チーム 14 14 0 1.000
日本リーグ
第19回 (1985/86) 準優勝 8チーム 21 15 6 0.714
第20回 (1986/87) 3位 8チーム 21 15 6 0.714
第21回 (1987/88) 4位 8チーム 14 9 5 0.643
第22回 (1988/89) 5位 8チーム 14 5 9 0.357
第23回 (1989/90) 5位 8チーム 14 5 9 0.357
第24回 (1990/91) 6位 8チーム 14 5 9 0.357
第25回 (1991/92) 3位 8チーム 20 10 10 0.500
第26回 (1992/93) 5位 8チーム 14 6 8 0.429
第27回 (1993/94) 準優勝 8チーム 20 14 6 0.700

日本リーグ通算 (9年)
152 84 68
0.553
Vリーグ
第1回 (1994/95) 優勝 8チーム 21 16 5 0.762
第2回 (1995/96) 4位 8チーム 21 17 4 0.809
第3回 (1996/97) 6位 8チーム 21 10 11 0.476
第4回 (1997/98) 優勝 8チーム 21 19 2 0.905
第5回 (1998/99) 5位 10チーム 18 10 8 0.556
第6回 (1999/2000) 5位 10チーム 18 10 8 0.556

Vリーグ通算 (6年)
120 82 38
0.683


かつて在籍していた選手




  • 男澤和江

  • 椿本真恵

  • 山内美加


  • 辻知恵 (旧姓:名取)

  • 坂本久美子

  • 佐々木みき

  • 吉原知子

  • 斎藤真由美


  • アメリカ合衆国の旗日本の旗ヨーコ・ゼッターランド

  • 鶴田桂子

  • 先野久美子

  • 大村加奈子

  • 満永ひとみ


  • キューバの旗ミレヤ・ルイス


  • アメリカ合衆国の旗フローラ・ハイマン


  • アメリカ合衆国の旗カレン・ケムナー


  • アメリカ合衆国の旗ポーラ・ワイショフ


  • キューバの旗マガリ・カルバハル


  • キューバの旗レグラ・トレス



脚注





  1. ^ 敗れた日立の連勝記録が88でストップした歴史的な日でもあった[1]。




関連項目



  • ダイエー・オレンジアタッカーズの歴代選手・スタッフ一覧

  • プレミアリーグ (バレーボール)







Popular posts from this blog

サソリ

広島県道265号伴広島線

Accessing regular linux commands in Huawei's Dopra Linux